戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




全身にたっぷりと付いていた余分な脂肪は今や見る影もなく、その代わりにキュッと引き締まった程良い筋肉の層がオレの体を包んでいる。

三段にも四段にも重なっていた腹の脂肪も消え失せ、今では見事に割れた腹筋がオレの腹部を占領している。

肉体改造に伴って外見も変えた。加賀谷一族お抱えの美容家の指示に従って服装も変えた。髪型も今流行のモノに変えた。

伸ばしっぱなしだった無精ヒゲも丁寧に剃り落とし、ボサボサだった眉毛も丁度いい細さと角度に整えた。

『凄いじゃないか、千代丸!!』
『だから言っただろう、お前は元はいいんだって』
『これならどんな高貴な姫君もお前にメロメロだな!!』

デブでキモかったオレの昔の姿からは180度どころか360度とか540度とか何周にも振り切るくらいに一変したオレを見て、興奮気味の声で身内は叫ぶ。

彼らの声によると、どうやら今のオレは若い頃の父親似、いや、それ以上の男前っぷりなのだそうだ。

そんなオレに両親は嬉々として見合い結婚の話を持ちかけてきたが、オレはその全てを断った。

結婚する気がないのか、そんな引っ込み思案な態度じゃダメだと周囲はオレに色々とけしかけてきたが、オレは『思い人がいるんだ。その人以外は考えられない』と断り続けた。

当然の如く誰だ誰だと両親も親戚もその相手を知りたがったが、オレの勝手な恋慕で相手に迷惑をかけるのも悪いと思い今日までずっと黙り込んでいた。

そして今日。

積年の想いを秘めて、ようやくオレは愛する人の待つこの城に再びやってきたのだ!!




「素敵…、抱かれたい……」

オレの姿を見た女達は一斉に息を飲み、女としての欲求を口にする。

そんな光景を目にした男達は一斉にオレに顔を向け、嫉妬と羨望に染まった黒い眼差しでオレをギンッと睨む。

普通の男であればきっと飛び上がらんほどに嬉しいであろうこの状態。

しかし、当のオレはと言うとそんな抱かれたいコール≠有り難く思う半分、何とも言えず言葉に出来ない戸惑いを感じていた。


(実はオレ、まだ童貞なんだ……)


確かに見た目は変わった。劇的に。しかし変わったのは見た目だけ。

今までずっと『もてない君』として20数年の長い年月を過ごしてきたオレは、そんなに急に変われない。

見た目と心はアンバランスだ。

見た目はもはやイケイケドンドン風のちょっと軟派系も入り交じった男前…かもしれないが、中身は引っ込み思案だったオタク男の時と何も変わらない。

かろうじて日常会話くらいはまともに出来るようにはなったものの、未だに女性とは手も繋げない。抱き合うなんて無理。キスなんてとんでもない。

セックスなんて……うおおおお!!考えただけで心臓が止まりそうだ!!

想像するだけで恥ずかしさが込み上げ、オレは赤く染まった頬を見られないようにと若干俯き加減に廊下を歩く。

名無し殿に会う前にせめて一度くらいは経験を積んでおこうと思い、花街に足を運んだ事があった。

今のオレなら顔もある。体もある。金もある。なので初の花街でもオレは店の客引きや女達から散々声をかけられまくり、熱烈な歓迎を受けた。


……が、どうしても気が進まなかった。


花街の女達だけじゃない。オレの身近にいる女達もそうだ。

みんなみんな前のオレにはあんなに冷たくしたのに、陰でヒソヒソ悪口ばかり言っていたのに、『あんなキモイオタク男に抱かれるくらいなら死んだ方がマシ』とまで言っていたのに、オレがこの外見になった途端にコロッと態度を変えるのは一体なんなんだ。

『千代丸様に抱かれたい』
(嘘をつけ。思いっきりオレをバカにしてきたくせに!!)

『なんて素敵な方でしょう!』
(嘘をつけ。以前のオレなら、きっと見向きもしないくせに!!)

『大好きですっ。あたしと結婚して下さい!千代丸様!!』
(嘘をつけ。嘘をつけ。オレのどこが好きなんだ?前のオレでも同じ事が言えるか?どうせお前もオレの顔しか見ていないくせに!!)

最初は嬉しかった。単純に。

でも会う女会う女が手の平を返したようにオレに突然すり寄ってきて、愛を囁く度にオレはなんだか怖くなった。次第に女という生き物が気味悪く、恐ろしい存在のように思えてきた。

こいつらは誰一人としてオレの中身なんて見ちゃいない。本が大好きで、勉強が大好きで、引きこもり体質だったオレを愛してくれている訳ではない。

今目の前にいる格好良くて、オシャレで、ムキムキで、男らしい美男子に生まれ変わったオレの『表面の皮一枚』だけが好きなんだ。


(それって、考えてみれば虚しい事だよな)


─────今まで散々女達にバカにされ、足蹴にされ、虐げられていたブサイク男が何かのきっかけで美男子に生まれ変わり、ここぞとばかりに女とヤリまくる。ぞんざいにあしらう。遊ぶだけ遊んでポイッと捨てる。そうする事で女達への復讐を試みる。


そういう選択肢もあるだろうが、オレはその道を選ぼうとは思わなかった。ただただひたすら、女達の心変わりが悲しかった。オレの顔しか見ていない女の目線が辛かった。


そう思うのは、オレがとことん気弱で引っ込み思案で奥手な性格だったからなのかな。


(この顔で童貞っていう方が、今は逆にドン引きされるのかな)


そんな事を考えながら廊下をテクテク歩いていると、曲がり角の向こう側からまた複数の女の声が聞こえてきた。

「それでは名無し様、私は先にお部屋に戻ってこのお荷物を名無し様の机の上に置いておきます」
「ありがとう。私は今から昼ご飯を食べに食堂に行ってくるね。次の重役会議まで2時間くらい時間があるみたいだし、ちょっとゆっくりしてこようかな」
「はい。分かりました。また何か御用があればいつでもお申し付け下さい!」


(────名無し殿っ!?)


聞き覚えのある声と名前に思わずそちらの方を凝視すると、風呂敷包みを大事そうに抱えた若い女官が角の向こうからオレの方に歩いてきた。

思いがけず名無し殿の名前を聞いたオレは咄嗟にその女官を呼び止めると、勇気を出して問いかける。


[TOP]
×