戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




「あの…、それ…良かったら差し上げます。オレ…、別にいつでも作れますから。城に帰ってからでも、自分のやつ…作れますから……っ」

何て言えばいいのか思いつかなくて、散々悩んだ挙げ句にオレの口から出た言葉がこれ。

きっとオレみたいなのが名無し殿を誘っても、彼女との交際を望んでも、叶う可能性はゼロだろう。

でも、どうせ無理だと分かっていても、せめて彼女の記憶に自分を残しておきたかった。今日ここで出会ったオレの存在を、彼女にも覚えていて欲しかった。

見た目も悪くて喧嘩も弱くて男としていい所がないオレだけど、彼女の心の中にほんの1ミリでも、彼女の人生の中でほんの一瞬でもオレが生きていたって思いたい。

だからこそこの道具を彼女に渡したい。自分という存在が無理なら、モノという形で名無し殿の手元に残りたいと思ったオレのたっての願いだった。

「いいんですか!?」

オレの言葉を聞いた名無し殿は最初面食らった顔をして、本当にオレの言葉通り受け取ってもいいものかどうか迷っているようだった。

さすがにそれは悪いと思ったのか名無し殿は当初オレの申し出を断ったが、その後オレが何度も『いいんです、いいんです』と言って彼女に貫通君を押し付けようとした為、やがて安堵したのか根負けしたのか名無し殿はオレの要望を受け入れてくれた。

「有り難うございます。とても嬉しいです。千代丸殿の一部だと思ってこれからずっと大切に使わせて頂きますね」

(ううっ…、名無し殿……!!)

いい言葉ではないですか。いい言葉ではないですかっ!!

オレだと思ってずっと大切にしてくれる。こんな台詞を言ってくれる女性が、今までオレの周りにいただろうか。

名無し殿は感動して今にも泣き出しそうになっているオレの前で持ってきた書類と一緒に貫通君を抱きかかえると、その場ですっと立ち上がる。

そしてオレに頭を下げた後、部屋から出て行こうとして襖の方まで歩いて行ったが、何かを思い出したようにふと立ち止まってこちらを振り返った。

「……千代丸殿。今度お会い出来た時には是非今回のお礼をさせて下さいね。些細な事で恐縮ですが、千代丸殿さえよろしければ私の方から夕食でもご馳走させて頂きたいです」
「……っ!!」

スーッ。

パタン。

「ああ……、名無し殿……」

名無し殿が出て行った襖の方を呆然と見つめながら、オレの口から熱っぽい声が漏れる。

オレが夕食に誘われた。しかも女性の方から。

25才女性経験無し、童貞のこのオレが!!


名無し殿。名無し殿。この千代丸、あなたのお名前はもう完全に覚えました。


(人間嫌いのオレがこんな気持ちになるなんて。これは恋だ。千代丸一世一代の恋だ!!)


どこかからかリンガリンガと大きな鐘が鳴る音が響き、青空から沢山の紙吹雪が降ってくるような幻想的な光景が脳裏に浮かぶ。


(名無し殿に相応しい男になりたい)


カッコイイ男になりたい。強い男になりたい。女性から見て魅力的な存在になりたい。


この時、オレは頭の中に焼き付く名無し殿の残像を何度も何度も再生しながら、ギュッと硬く拳を握ってある事を決意したのである。



──────この千代丸、一世一代の決心を!!





運命の出会いから一年。


オレは前と同じく秀吉様への定期報告をしに来た父に連れ添って、この豊臣城を訪れていた。

前に来たのも丁度今と同じくらいの時期だったので、己の目に映る豊臣城付近の景色は以前とさほど変わりない。同じように城の周りでは草が茂り、花が咲き、城内にある桜もほんのりと桃色に染まった可憐な蕾を付け始めている。

そう。周りの風景は以前と何も変わらない。

しかし、前回と比べて確実に変わっているのは、オレを見る周囲の眼差しだった。

「……!!」

ザワザワッ。

豊臣城の中を走る長い廊下をオレが歩く度、そして城の姫君や女官達とすれ違う事にあちこちからは熱のこもった声が飛ぶ。

「ちょっと…!ちょっとちょっと見てよあのお方!最高に格好いいわ!!」
「まだお若い感じの殿方ねっ。あんなに素敵な方がこの城にいたかしら!?」
「素敵…。お顔立ちも格好良くて、お衣装も素敵で、センスが良くって、それにあのお体。なんて締まっていて逞しいんでしょう…!!」
「何よあなた、はしたない!そんな目をして殿方の肉体を見るなんて!」
「だ、だって本当に素敵なんですもの!いいじゃないちょっとくらいっ。それにしても美しすぎるお方だわ。恋人はいらっしゃるのかしら、それとももうご結婚されているのかしら?」
「あーん、あんな男性に抱かれたいっ!!」

多分女達的にはあれでも声を潜めているつもりなのだろうが、全然潜め切れていない。

オレの耳にモロに届く女官達の露骨で直球な求愛の言葉を聞きながら、オレは彼女達と目が合った瞬間ニッコリと微笑んで見せた。

「キャーッ!!今私に向かって微笑んで下さったわ!!」
「何言ってるのよ!あんな色男があんたなんか見る訳がないでしょ!私によっ!!」

まだ近くにオレがいるにも関わらず、女官達は口々にそう言って互いを牽制し、罵りあう。

些細な口喧嘩がやがて本気の喧嘩に発展し、取っ組み合いに移行していく光景を視界の端に留めながら、オレは愛する人の記憶に思いを馳せていた。



名無し殿との出会いから今日まで一年間、オレは医師や専門家の協力を仰ぎダイエットに取り組んでいた。

今まで欲望のままに腹一杯食べ続けていた食事をやめ、医師の指導の下に摂取する量を減らした。

量だけじゃなく内容も変えた。油っぽいモノやこってりした味付けのモノをやめ、野菜と魚、肉のバランスの取れた食事に変更した。

それだけではない。一日中ゴロゴロして本を読んでは寝てばかりいた生活も改めた。

高名な武道家や剣術家を雇い、彼らの指導の下に仕事以外の空いた時間は走り込みや筋力トレーニング、鍛錬や手合わせ、武道家との実践など激しい肉体改造に励んだ。

それらをこの一年間休む事なくここまでずっと続けてきた結果、オレの体は眩しいくらいの変身を遂げた。


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