戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




「これ本当に千代丸殿がお一人で考えられたのですか?凄いです!!」
「い…いいえ…、そんな……たいした物じゃ……。し、城では子供の工作みたいだって…みんなに……バカにされて……」

褒められるのに慣れていないせいで、素直に賛辞が受け取れない。

名無し殿のように自分も笑顔で応えようと思った。でも、普段からキモイキモイと言われ続けて育った自分は上手く笑えない。

こういう時にどう答えればいいのか分からず例によって胸の前で両手の指を絡めてモゴモゴしていると、名無し殿が全力でオレの返事を否定した。

「何を仰います。最高ですよ!だって私いつも思っていたんですもん、この穴開け作業がもっと簡単にできるといいなあって。そうしたらもっと作業時間も短縮できて、仕事もはかどるのになあって」

名無し殿は力強い口調で断言し、オレの瞳を真剣な眼差しでじっと見返す。


「噂にはお聞きしていましたが、加賀谷の一族には優秀な方が多いというのは本当なんですね。あなたは素晴らしい方です、千代丸殿」


そう告げてオレを見つめる彼女の瞳から、オレはもう目が離せない。


優しい瞳だ。暖かい瞳だ。それでいて男心を奮い立たせるような、どことなく官能的な色も孕んだ眼差しだ。

この女の前でもっとカッコイイ所を見せたい、この女に褒められたい、好かれたい、何とかして彼女の心を揺り動かしたいという衝動に駆られるような、男の独占欲と支配欲に直接訴えかけるような官能の瞳。

「あの…、良かったら……、もっと使ってもいいですよ……」
「えっ!本当ですか?そんな…いいんですか?本当に?」

相変わらずたどたどしい物言いで告げるオレに、名無し殿は喜びに満ち溢れた顔をする。

目は口ほどに物を言う、という慣用句があるが、あれは本当にそうだと思う。

他の女達のようにオレに対する嫌悪感や、邪険に扱おうとする気配がまるで感じられてこないのだ、彼女の瞳は。

だからこそ、普段他人を拒絶してばかりいるオレにしては珍しい対応までしてしまう。

オレの提案を聞いた名無し殿は『今から部屋に戻って穴開け途中だった書類を持ってきます』と言い残し、一旦部屋を出て行った。

彼女が戻ってくるまでオレはずっとこの部屋で仕事の続きをしていたが、さっきまで一人で作業していた時とは比べものにならない程の切なさと孤独感を抱いていた。

(名無し殿、今どの辺りにいるのかな)

あの人はまだ戻ってこないのだろうか。まだ来てくれないのかな。

そんな事を思いつつ一人寂しく紙面に筆を走らせて文章を書いていると、部屋を出て行ってから20分程して名無し殿が帰って来た。

「ごめんなさい。味を占めてこんなに沢山持ってきちゃいました!」

見ると、名無し殿は両手に一杯の書類を抱え、ちょっと恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべながらタタッと小走りにオレの方に近付いてくる。


かっ……、


可愛い……っ!!


そんな彼女の姿にオレが言葉に出来ないくらいのトキメキと高揚感を抱いていると、名無し殿は楽しみで待ちきれないといった様子で貫通君に書類の一部をセットし、オレの方を向いて許可を求めた。

「じゃあ、やってみてもいいですか?」
「ど、どうぞ!」

オレにOKを得た名無し殿は嬉しそうな顔をして板の上に両手を置くと、先刻見せたオレの動きを見よう見真似でなぞり、同じようにしてガシャコンと穴を開けていく。

「あ…!嬉しい!私にも出来た!」
「え、えへへ…。簡単でしょう?」
「はい!千代丸殿も見てくれました?今の!」

ガシャコン。ガシャコン。

一束、二束と穴を開ける度、名無し殿の目がキラキラと輝いて、本当に楽しそうな顔を見せてくれる。

(この人……本当に可愛いなあ)

子供のようにはしゃぎながらせっせと穴を開けていく名無し殿を見ていると胸の奥がキューッと締め付けられるような切ない痛みを感じた。

(なんだろう。この気持ち)

生まれて初めて感じる強い感情にオレはどうしていいのか分からない。

(ひょっとして、これが噂に聞く恋≠ニいうヤツだろうか)

脳裏にふとよぎった考えに、オレはちょっとだけその事を考えた後、ブンブンと首を振ってその考えを否定した。

だって無理だ、そんなの。

もし本当にオレが彼女に恋をしてしまったのだとしても、そんなの絶対に無理だ。だってオレはこの外見で、恋愛経験ゼロの人間だ。

ぶっちゃけるとこの年になるまで女と付き合った事もなくて、風俗にも行った事がない。

そう、オレは女を知らない童貞。それでついには25になろうとしている。

男は30才まで童貞を貫くと『魔法使い』になれるという伝説があるが、オレは魔法使いへの切符を手にするまで後数年という人間である。童貞界の準エリートなのだ!

そんな見た目も中身も性格も恋愛テクニックもないオレが、初めて出会った女性に声をかけられる訳がないではないか。

万が一声がかけられたとしても、恋が実る訳ないではないか。名無し殿がオレみたいな男を好きになってくれて、その白い体を任せてくれる訳がないではないか。

恥ずかしい。こんな自分が恥ずかしい。

激しい自己嫌悪がオレの体中を焦がし、今にも背中から煙が出そうだ。

「千代丸殿、ありがとうございます。これで全部穴が開けられました。とっても助かりました!」

そんな事を悶々と考えている内に、名無し殿はもう作業を終えてオレへの礼を口にし始める。

(ここでこのまま名無し殿を帰したら、彼女との関係がここで終わってしまう)

そう思ったオレは哀しみで胸が一杯になったが、女性との次の約束なんて取り付けた経験もないし、どうやって声をかければいいのか分からない。

言わなきゃ。何でも良いんだ。


何かないか。何か言わなきゃ。


[TOP]
×