戦国 | ナノ


戦国 
【Love Wars】
 




オレの人生において最大とも言える大きな出来事が起こったのは、今から丁度一年前の3月上旬。寒かった冬の空気がようやくなりを潜め、次第に春めいた気候に移り変わってきた頃だった。

オレの名前は加賀谷千代丸(かがやちよまる)。武家の者だ。年は24。来月には25才になる。

オレの家はかなり昔から脈々と続く古い家柄で、過去にも優秀な武士や戦国武将を数多く輩出しているそれなりに『名家』と呼ばれる一族の出身だ。

……が、残念ながらオレには全くその素質がない。

小さい頃から本を読むのが大好きだった俺は本の虫≠セった。

読書したり一人でコツコツ勉強するのは好きだが剣道や武術にはこれっぽっちも興味が無く、頭脳戦ならいいが肉体戦はからっきし。本格的な喧嘩どころか10才年下の甥っ子との腕相撲にも一度も勝利出来ないという有様だ。

ヘタレなのは何も力技や体力に限った事ではなく、見た目に関してもまるでダメ。

読書以外と言えば食べる事が大好きで、幼少より暇さえあれば何かを食べていたような気がするし、そのくせ体を動かすのが苦手でこの年になるまでこれといった運動をしてこなかったオレはいわゆる大柄で、175pの身長に対して今や体重は120キロ。ハッキリ言えばデブ≠セった。

『お前はきっと元はまともなんだから、少しは痩せればなんとか見られる程度の男になるのに』

そんなオレを見て両親は嘆き、身内や親戚の者は呆れ半分の顔でそう言い捨てる。

オレの父親は若い頃地元でも評判の美男子で、母親も近隣では名の知れた美しい姫だったそうなのでその息子であるオレも遺伝子的にはそう悪くない外見を受け継いでいるはずだというのは周囲の弁だが、そんな事を今更オレに言われてももうどうしようもない。

元の素質が良かろうが悪かろうが、今のオレは見ての通りのキモくてダサイデブ男。勉強ばかりしてオシャレには何の興味もないので髪型や服装には全然気を遣わず、また、なんとかしようとする気持ちもない。

運動するのは嫌いだし、ちょっと走るだけで疲れるし、階段を昇るだけで一苦労。食べるのが何よりの楽しみなので、痩せる為には食事制限をしたり運動したりと自分にとって辛い思いをしなければならないのであれば別にこのまま痩せなくても良い。

こんなオレでも名家の跡取り息子という事で周囲の姫達や女官達は一見普通に接してくれるし、表面上は『何を仰るのです。千代丸様は本当に素敵な殿方ではないですか?』なんておべっかを使ってくれるのだが、それが決して彼女達の本心から出た言葉ではなく陰では相当悪意のこもった嫌味や陰口を叩かれているという事をオレ自身も知っていた。

「……いつまでここにいればいいんだろう。まだかなあ、父上」

書き上げた書類の束を手にして机の上でトントンとならして紙の角を揃え、オレは溜息混じりに呟く。

今オレがいるのは豊臣城の一室。秀吉公に仕えるオレの父親は息子であるオレを伴って年に一度の定期報告の為にこの城を訪れていた。

普段は引きこもり生活を送っているオレもお家の大切な役目なのでこの時ばかりは父と外出し、秀吉様にも頑張ってご挨拶をするのだが、父上によると『この後秀吉様と二人だけでお話ししたい事がある、悪いが話が終わるまでお前だけ別室で待機していてくれないか』とのこと。

オレは城の者に事情を話して空いていた執務部屋を借りて書類や執務道具を中央にある机の上で広げ、己の仕事の続きを始めた。こういう事は割とよくあるケースなので、すでに想定の範囲内だったオレは予め時間潰しの道具を持ってきていたのである。

そしてオレのすぐ横にある道具はオレの自慢の書類穴空け機。題して『貫通君』だ。

沢山ある書類を一つにまとめる時に書類の端に2カ所くらい錐で穴を開け、そこに丈夫な紐を通して書類の束を作るのだが、この作業がなかなかどうして面倒臭く感じたオレは試行錯誤の上この道具を完成させた。

木の板数枚と太い金属の針2本を組み合わせて作っただけの単純な代物だが、印の部分に紙をセットして上からグッと力一杯板を押し付けるとそこに取り付けられている2本の針が書類の束を貫通し、一度で多くの紙に穴が空くという寸法だ。

(フフフ。楽しいんだよな〜、コレが)

オレは何枚もの書類を貫通君にセットすると、上から目一杯板を押してガシャコン、ガシャコンという貫通時の音をさせながら穴開け作業に没頭する。

我ながらいい出来映えだと思うのだが、家の者は誰もオレの発明には見向きもしない。そんなしょーもない道具をあれこれ作っている暇があったら運動しろ、痩せろ、身なりに気を遣え!と文句を言うばかり。

自慢の一品も相手にされず、それどころか余計に蔑みの目で見られ、こうしてオレはより一層根暗で引きこもりなキモ男の路線をひた走るのであった。

ガチャコン。ガチャコン。

(楽しい。楽しい)

嫌な記憶を脳裏の奥底に押しやるが如くオレが作業に熱中していると、不意にトントンと襖を叩く音がした。

「ごめんなさい。このお部屋、少しだけ入らせて頂いてもよろしいですか?」

襖の向こうから聞こえてくる、穏やかで優しい高音の声。

(………女!?)

外にいる人物の性別を悟ったオレの顔が瞬時に曇る。

なんせこの外見だ。この年になるまでまともに女と話をした事もなく、付き合った事もないオレは湧き上がる戸惑いを必死で飲み込もうとした。

自分の身近にいる女達にバカにされるだけでなく、豊臣の城に来てまでまた新しい女に蔑みと嫌悪の眼差しで見られるのか。やだー、何このキモ男!と笑われるのか。

少なくともここで一人でいれば平穏な時間が流れると思ったのに。ウジウジした醜い自己嫌悪に浸る事も、余計な事も一切考えずに済むと思ったのに……。

「……ど、どうぞ……」

最初は居留守でも使おうかと思った。

でも、黙っていた挙げ句人気ナシと判断されてもどのみちこの女性は室内に入ってくるだろう。回避は不可能だ。

自分の時間と楽しみを邪魔された事に対する恨み半分、未知なる女性に対する恐怖心半分が入り交じった複雑な思いでオレは答えた。

オレにとって、この世の女は全て、というか自分以外の人間は全て恐怖の対象なんだ。


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