戦国 | ナノ


戦国 
【三成クンの憂鬱】
 




よって、何のフォローもしてやる義理はない。俺は何も間違っていない。俺は何も悪くない。


俺はこの女の事なんて好きじゃない。好きじゃない。好きじゃない。


本当に、全然、これっぽっちも好きじゃない!!


─────自己暗示、完了。


これでもう、何にも誰にも俺の思考は侵されない。

セルフ洗脳が終了し、脳内無双モードで向かう所敵無しといった状態になった三成は、軽く咳払いをして呼吸を整える。

「……お前に言っておきたい事がある」

三成は、両目を細めるようにして名無しに言った。

俺は名無しの事なんて好きじゃない。もしお前が本当に俺の事を男として好きだとしても、俺はお前に何の興味もない。

あの男が名無しを愛人にしたいとのたまった時に無性に腹が立って仕方がなかったのは、単に俺はあいつが嫌いだから。

あいつの言う事は何でも不快に感じるし、あいつがやりたい事は何でも邪魔してやりたくなるからであって、別に名無しに特別な感情を抱いている訳じゃない。

だからこそ、この女が妙な自惚れや勘違いを起こさないように、前もって徹底的に釘を刺しておかなくては。

そのような事を考えつつ、三成はいつになく真面目な目付きで名無しを見つめた。

自分に向けられる視線から男の真剣さを感じ取り、名無しは少し迷ってから『はい』と答えた。

「なあに?三成」
「……。」

先刻冷たい言葉を投げつけられた後の三成の呼びかけだ。きっとこれが止めの一言とばかり、三成はさらに残酷な台詞を自分に浴びせようとしているのだろう。

そう予測し、三成を見返す名無しは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「……三成?」

名無しは返事がない事が気になり、一層震える声で男の名前を呼ぶ。

不安げに睫毛をパチパチとしばたかせ、ウルウルと潤んだ両目で三成の顔を覗き込む名無しが妙に可愛く思えて仕方ない。

男の一挙一動に心を揺らし、気を配ろうとしている名無しの姿はとても健気で可憐なものとして三成の目に映り、彼のサド心を大いに刺激した。

(くそ…、ムズムズするっ!!)

男心とSっ気、イジワル心とイタズラ心、所有欲と支配欲、独占欲に下心。

名無しの行動によって内に秘めたありとあらゆる感情を秒刻みで揺さぶられ、三成は無意識の内にゴクリと生唾を飲み込んでいた。


ムズムズする。自分でもよく分からないが、こいつを見ていると俺は本気でムズムズする!!


「名無し……」
「……なあに?」


俺……、俺は……。


その……、だから……。


お前は……、お前が……。



……お前の事が……!




「───パンツだけはしっかり履いておけ」


色男とはかくやと言わんばかりのイケメン顔で、三成は自分でも意味不明な言葉を口走る。

聞き忘れた事があるのだが、名無し殿は普段下着を履いている派か?それとも何も着けずに過ごす派か?

どうやら彼なりに名無しに関して一生懸命考え、彼女の事で頭が一杯になった直後、先程の叔父の言葉が突然思い起こされたらしい。

「……履いてるよ……?」

急に振られた言葉の意味が即座に分からないままに、名無しはお尻にそっと両手を添えて男を見返す。

訳が分からん、といった様子で予測不可能な男の台詞に戸惑いの色を見せながら、それでも条件反射的にお尻のラインを自分で撫でて『履いています』と告げる名無しの仕草に三成は危うくキュン死しそうになった。


こいつ!!さては萌えのプロか!!


「お前なあ、そういう事するなよ!」

もう少しで萌え死にそうになった事実を必死で気取られまいとして、三成が険しい顔を作りながらわざと大きな声で叫ぶ。

すると名無しは怒られてしまった事に『ひっ』と小さな悲鳴を漏らし、オロオロしながら言い募る。

「だ…だって三成が急に変な事言うから、一応確認しようと思って…っ」
「あーっ、もういいっ!!」

しどろもどろな口調で説明しようとする名無しの声を遮り、三成が強い声音で言い捨てる。

これ以上名無しとの遣り取りを続けていると、話が変な方向に行きそうになる。

この女といると、俺が俺でなくなってしまいそうだ。


何が悲しくて、俺がこの女のパンツの心配をしてやらなきゃならんのだ。アホくさっ!!


「でも、叔父様も三成の親戚だけあって渋くて素敵な方だよね。石田家の男性って、三成みたいに格好良くて頭が良い人が多いのかな?」

こんな時は話題を変えるが得策だとばかり、名無しはふと思いついた考えを述べた。

名無しの言う『素敵な叔父様』と言うのは『あなたのお姉さん、とても綺麗な方ね』『お父様、本当にお若くて格好いいわね』というのと同じようにそこまで深い意味のない、世間話の一種である。

しかし三成は、とても難しい顔で名無しの呟きを受け止めていた。

「……そうかぁ〜?」

三成は思いっきり嫌そうな感じで眉間に大きな皺を寄せ、苛立たしそうな、それでいてどこか機嫌の良さそうな声音を滲ませて答える。

大嫌いな叔父を褒められるのは例えお世辞であっても楽しくない。

だが、『三成みたいに』格好良くて頭が良いという言葉を付加されると、その部分についてだけならまんざら悪い気もしない。

三成の反応はそんな風にして色々な要素が入り交じった何とも複雑なものだったが、語尾の『ぁ』に強い力を込めた発音は彼にしては珍しく砕けたしゃべり方に聞こえ、名無しの目が真ん丸になった。

「……!三成の今の顔、なんかカワイイ……!」

嫌味混じりの口調ではあるが、ちょっとふてくされたような、拗ねたような三成の顔がやたらと新鮮で可愛く見える。

そう感じた名無しはホワッと顔を綻ばせてキラキラと輝いた瞳で三成を見つめていたが、彼女の言葉を聞いた三成は途端にいつもの冷たい顔を取り戻し、鋭利な双眼で名無しにガンを飛ばす。

「カワイイなんて言われて喜ぶ男がどこにいるっ。そんなもの、男にとっては屈辱以外の何物でもない言葉だろう。そんな事も分からないのか!?このドブス!!」
「またそんな事…!それこそ、そんな風に言われて喜ぶ女がどこにいると思っているの!三成の馬鹿!根性ワル!!」
「馬鹿に馬鹿って言われても何とも思わん。お前、もう俺の前で金輪際息をするな!」
「ひ…、ひどいっ。植物だって生きていれば呼吸するのに!」

人権を無視した発言を浴びせる三成、そんな彼を責める名無しという構図が出来上がり、二人の執務室ではまたいつも通りの言い争いが始まる。

こうして今日も愛する名無しに積年の想いを伝える事が出来ず、カップル成立も叶わず、三成は若くてイケメンなのにロンリーウルフという孤高の道をただひた走るのであった。


果たして三成には萌えの宝箱・ホワイトピーチ名無しとめでたくイチャイチャストロベリーな仲になれる日が訪れるのか!?



頑張れ三成クン!!負けるな三成クン!!



─END─
→後書き


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