戦国 | ナノ


戦国 
【三成クンの憂鬱】
 




「知るか。親兄弟だろうか親戚だろうが、俺はとにかくあいつが嫌いなんだ」

不快感をたっぷり滲ませた声音でそう断言する三成は、どこから見てもキリリッとした男前の顔だった。

心底鬱陶しいんだよ、年甲斐もなく色ボケしまくりのエロジジイ!!という内心を、怜悧な流し目一つで名無しに悟られないようにしているのだから、三成も大した男である。

気に入らない相手にはとことん冷たい三成の対応に、名無しはげんなりと眉をひそめた。

「もう、三成ったら…相変わらず酷い事ばかり言うんだから。こんなキツイ性格だって知ったら、三成に憧れている100万人の女子が『あの格好良くて素敵な三成様がそんな方だなんて!』ってガッカリしちゃうよ」
「ふん。勝手にガッカリでも失望でも絶望でもしておけ。100万匹のブス共にどう思われようが、俺の知った事じゃない」

オーバーな人数の仮想三成ファンの女子を持ち出して、さりげなく男をおだてつつ諫めようとする名無しの作戦も、三成にかかっては格好の反論材料だ。

何とか三成を宥めたい、その気持ちを穏やかにさせたいと願う名無しの望みを的確に見抜いて、三成はどこまでも冷たくて辛辣な台詞を天使の顔で告げてくる。

「またそういう言い方する。三成、本当に城中の女の人達にモテるのに」
「ここは俺の領域だ。殿相手とか客人との交流場と言うのならまだしも、自分の巣に戻ってまで外面を繕う奴はいないだろうが」
「外面って…、そんな三成」
「うるさいっ。大体俺はな……」


────大体俺は、お前以外の女になんて思われようがどうだっていいんだ。


そう言おうとして開きかけた唇を、寸での所で三成が閉じる。

ふと思ったが、これではまるで俺が名無しの事を好きだと言っているようではないか。

(とんだ誤解だ!!)

そう考えた途端言いようのない憤りが三成の心中に生じ、行き場を失った言葉が彼の体内を虚しく駆け巡る。

これがもし幸村だったとしたら、素直に自分の気持ちを告白し、彼女の理解を得ようと努力する事だろう。

だがなんと言っても三成は戦国武将の中で1,2を争うと言われるくらいにプライドの高い男である。

常に他人よりも優位な立場にいないと納得できないし、負けず嫌いな性格が発揮されるのは仕事だろうが恋愛だろうがどのような場面においても同じ事。

三成にとって恋愛における勝者とは相手に追われる者、敗者とは相手を追いかける者を指す。

そういった価値観を持つ三成にしてみれば恋愛は惚れた方が力関係から言えば『弱者』であり、『負け組』の象徴だった。

少しでもそのような誤解を受ける恐れのある発言は、俺にとって死んでもしてはならん事だ。

こんな発想が瞬時に浮かんでしまうのは、戦国一素直になれない男・ツヨガリータ三成の悲しい性だった。

「どうしたの?」
「────別に」

プンと吐き捨てるなり、三成はこれ以上名無しと話をしても意味がないとばかりにそっぽを向く。

途中で切られた言葉が気になって聞いただけなのに妙に冷たい仕打ちを受けて、名無しの瞳が悲しみの色に彩られていく。

「よく分からないけど…三成。もしかして、さっき私が三成の叔父様にご挨拶しようとした事が何か引っかかってるの?」
「……。」

掴みの部分に関しては意外と鋭い名無しの観察眼。

だが、いつも彼女の好成績はそこまでで、そこから先の最も肝心な部分になると男の気持ちが読み取れないのが彼女の非常に残念な点。

「お前が俺の親戚と気安く口を利くのが腹立たしいし、顔を合わせている時点で不愉快だから」

あのオヤジがお前に気安く声をかけるのが気に食わなくて許せない。

許せない。名無しに手を出そうとするあの男も許せないし、あんな男に心を許している名無しだって許せない。

俺が言いたい事にいつまで経っても気付かない鈍い名無しは、もっともっと許せない。

好きな相手に冷たく当たってばかりいる自分の態度は棚に上げ、三成はそうして心の中で名無しを責める。

通常の会話であれば自由自在に言葉を操る三成なのに、こと恋愛方面に関しては途端に言葉が足らなくなってしまうのが彼の非常に残念な点。

そんなこんなで毎回二人は擦れ違い、互いの想いが上手く伝わらない結果に終わっていく。

「分かっていたつもりだけど…三成…そんなに私の事が嫌いなんだね」
「!!」

名無しの言葉を聞いた三成は、自分の耳を疑った。

「だって、自分の親戚に会わせたくないなんてよっぽどだと思うもの。ちょっとやそっとの嫌いなら、そんな言葉はなかなか出てこないと思うし」

そう言って困ったように笑う名無しの微笑みは、どこか寒々しいものがあった。

自分の友達に会わせたくない。家族に、親戚に会わせたくない。お前と俺の知り合いが顔を合わせるなんて不愉快。

こんな事を彼氏や好きな男性に言われてしまったら、世の女性の多くはショックを受けるに違いない。

自分の知人には紹介できない相手、その程度の間柄、お前なんてその程度の存在だと言われてるのと同じように感じるからだ。

名無しも三成の言葉をそのような意味として受け止めたようで、名無しの瞳は明らかに動揺の色に染まり、声は微かに震えている。

それでも大きなショックを受けているのを何とかして隠そうとする、何でもない事のように精一杯笑って済ませようとする名無しの態度がやけに痛々しく思えて、その姿が切なく儚いものに思えて、三成の胸は人知れずズキンと痛む。


何でお前がそんな顔をする。


確かにあの男と顔を合わせるのは不愉快だとは言ったけど。


お前の事が嫌いだなんて、俺、一言も言ってないだろ?


「私は三成の事大好きだし、もっと仲良くしたいって思うけど」
「……。」
「それも私が勝手にそう思っているだけで、三成が違うなら仕方ない事だもんね」
「……。」

悲しげに呟いてそっと睫毛を伏せる名無しを目の当たりにした三成の心に、一層苛立ちが募る。

なんというかこう、名無しの言い方は男として自分を見ている『好き』ではなくて、ただの男友達、同じ軍に所属する仲間としての友愛に満ちた『好き』に聞こえなくもないニュアンスにも感じられる…と三成は思うのだ。

その可能性がなきにしもあらずという以上、三成は余計な身動きが取れなくなる。

三成の中では愛を告げるのは名無しの方で、より愛情を注ぐのは名無しの方で、下手に出て、相手に付き従うのは名無しの方でなければ絶対に気が済まない。

(別に俺、お前の事なんて好きじゃないし)

三成はそう何度も自分に言い聞かせ、同じ言葉を頭の中で繰り返し再生する事によって強烈な自己暗示を施そうと試みる。


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