戦国 【三成クンの憂鬱】 大体、名無しとの逢瀬なんてそれが実現可能かどうかもあやしい話なのに、取らぬ狸の皮算用の如く勝手に『OKを得たもの』として話を進めようとする叔父の態度が三成には滑稽に思えて仕方ない。 叔父の言う事を真面目に聞いてやるのも面倒臭くなって、一々返事をしてやるのも億劫になって、三成は半ば機械的な作業で単調な台詞を返す事しか出来なくなっていた。 それでも、懲りることなく叔父は言うのだ。 三成の神経をさらに逆撫でするような、下らなくてしょうもない言葉の数々を。 「出来れば下着ナシの方がワシの好みだが、履いているならゆっくりと時間をかけて少しずつ脱がすという手もあるな。それはそれでワシの楽しみが増えるというものではないか。グフフ…!!」 嫌らしさ満載の下卑た笑みをにやにやと浮かべ、あらぬ妄想を膨らませて一人悦に入っている叔父の姿を目の前にした三成の背に、ゾワゾワッとした悪寒が駆け抜ける。 (このオッサン、本物のバカだろっ!?) そう心の中で呟いた瞬間、三成の中で湧き上がる叔父への嫌悪感はもはやMAXに達し、他人の目から見ても丸分かりな程に三成の唇が『へ』の字型に歪む。 ダメだコイツ。早く本当に何とかしないと!! 「────叔父上!おねね様がっ」 「ああそうだ!そっちの方が先だったな。早く行かねば!」 三成がねねの名前を挙げて先程の作り話を持ち出すと、叔父の思考は再度そちらに切り替わったような声を上げ、バタバタと大きな足音を立てて襖の方へと引き返した。 ガラガラッ。 ピシャン。 「クソジジイッ!!」 叔父が後ろ手に戸を閉めたのと同時に、三成の口からお世辞にも上品とは言えない罵声が叔父へと飛ぶ。 今までのように内心隠れて思っていたのではなく、この時の彼の言葉は強烈な現実感を伴って叔父の背に向かって吐き捨てられた。 (ふん。聞こえたか?) 甥の言葉に怒り狂った叔父が怒鳴り込んでくるかと思ったが、それから数分経っても叔父は戻ってこない。 急いでいたので聞こえなかったのか、それとも、聞こえていたけど無視されたのか。 正解はどちらなのか叔父本人にしか分からないが、聞かれていたとしても今更もうどうだっていい。 あの男の事は前から苦手だったが、今日は一瞬殺意すら覚えた。 叔父を人間として格下げし、親戚ではなくその辺にいる普通のオッサン、いや、それどころか完全に変質者を目撃した赤の他人のような心境で三成が今後の防衛策を練っていると、不意に襖がスーッと開く。 ────またあいつか!? 「いいかげ……っ」 いい加減しつこいぞ、オッサン!! 三成は仏の顔も三度までとばかりに鋭い声を飛ばそうとしたが、明らかに叔父とは異なる開閉方法だと気付いて発した言葉を途中で飲み込む。 さっきまでのようにドタバタとうるさい開け方ではなく、極力音を立てないような、中にいる人物の気を乱さないようにと配慮している戸の開け方だったのだ。 「ビックリした…!そんなに怖い顔をして、どうしたの?三成」 「……名無し!?」 三成の面前に立っているのは、名無しだった。 最初に名無しから聞いていた予定だと本日の帰城は夕方以降となっていた為、予想外の人物の登場に三成は少しだけ面食らう。 どうしたのかと聞いてみると、名無しによれば思ったよりも早く用事が済みすぎて今戻ってきただけの話らしい。 「ねえ三成。ひょっとしてさっき三成の叔父様が来ていなかった?向こうの廊下に叔父様っぽい方の姿が見えたような気がしたんだけど、少し離れた位置だったから目の錯覚かもって思って。方向からしてこの部屋から出て行ったように思えたんだけど…」 軽く首を傾けながら、自信なさげな物言いで名無しが問う。 どうやら三成の叔父が部屋を出て行ったのと名無しが戻ってきたのは微妙な時間差で、名無しがこの部屋に辿り着いた時にはまだ彼女の視界に映る距離を叔父は歩いていたらしい。 と言う事は、あと少しタイミングがズレていたら叔父と名無しがこの部屋で鉢合わせしていたかもしれない。 「ああ、俺の叔父だ」 名無しに尋ねられた三成は、珍しく素直に答えた。 あとちょっと部屋を出るのが遅ければ名無しに出会えたかもしれないのに、それを外した叔父の運の悪さと思いの空回りっぷりが何だか哀れに思えてくる。 そう思うと叔父と違っていつでも名無しに会う事が出来る己の優位性を感じ、今回の出来事に三成は自尊心をくすぐられた。 お前なんかを気安く名無しに会わせる訳ないだろ。ザマーミロ! 「えーっ、やっぱりそうだったの?あーあ、やっちゃった〜!」 しかし内心面白くて仕方ない三成の思惑とは対照的に、名無しはいかにも残念そうな顔をしていた。 「せっかくすぐそこにいらっしゃったんだから、ちゃんとご挨拶しておけば良かった!三成の叔父様にお会いしたのは一月ぶりくらいになるし、なかなかお顔を見られる機会がないのに…」 ハーッと切なげな溜息を漏らし、名無しがガックリと頭を垂れる。 一緒の部署で働いている訳ではないので直接的な関係はなかったが、相手は三成の叔父である。いつも一緒にいる同僚の血縁者だと言うのであれば、挨拶の一つくらいしておいた方がいいだろう。 名無しにしてみればいつも三成殿にはお世話になっています≠ニいう意味での礼儀的な考えによるものだったが、名無しのぼやきを聞いた三成はいささかムッとした顔で彼女を見ていた。 大嫌いな叔父に『せっかくお会い出来たのに』という名無しの言い方が、三成の気に障ったようだ。 「別に。お前がそんな事する必要ないだろう。そんな事より、ぼーっと突っ立っている暇があったら奥の棚から調味料の入った箱を持ってこい。あの男が二度と俺の目の前に現れる事がないよう、その辺の廊下に盛大に塩を撒いておけ」 そう言って廊下に宿った叔父の残像を睨む三成の目付きは、まるで蛇蝎を見るようなモノだった。 そんな三成の態度に驚きを隠せず、名無しは目を白黒させて叫ぶ。 「ええーっ!何でそんな事を言うのっ。三成にとっては叔父様にあたる方なんでしょう?」 三成と叔父の間にある確執を知らない名無しなので、このような疑問を抱いてしまうのは仕方ない部分もあるかもしれない。 かといって一から十まで説明してやるのも煩わしく、また、先程の叔父との遣り取りを名無し本人に直接伝えるのも余計な事に感じて三成はただ不機嫌な目で名無しを睨む。 [TOP] ×
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