戦国 | ナノ


戦国 
【三成クンの憂鬱】
 




よって、この時の三成の台詞にはかなり脚色が入っていると言うか、彼の願望がさりげなく混ぜられているのはここだけで言える内緒の話。


だが、そんな事はもはやどうでもいい。


名無しの好みなんて知った事じゃないが、要するに、コイツの態度が気に入らん。


「大体、叔父上にはすでに伯母上という素晴らしい女性がいるではないですか。新しい愛人開拓も結構ですが、もっと伯母上の事を大切にされたら如何です?」

別方面からも叔父を攻めようと考え、三成はここにきて唐突に叔母の話題を持ち出す。

「伯母上は叔父上の事をそれは深く愛しておいでです。そんな伯母上を差し置いてどこの馬の骨とも分からん女にうつつを抜かし、その尻を追いかけるなど人として恥ずべき行為だとは思いませんか」

愛。それは三成が最も苦手とする話題。

愛。それは三成が内心鼻で笑って軽蔑している人間の感情の一種である。

普段の彼であればそんな言葉は口にするのも汚らわしいとばかりに避けて通る話題だが、叔父を責める為なら平気で男女の恋愛の素晴らしさも語れるし、愛の伝道師にもなれる。

そういう面でも、三成は実に役者な男だった。

「ふんっ。妻がなんだと言うのだ。浮気は男の甲斐性、不倫は文化だ!常に目新しい女を求めるのは男の本能だ。文句を言わせぬよう、必要な金はたんまり与えてある。お前のような若造にいらぬ説教をされる謂れはないっ」

しかし、何人もの妻を娶ったり大勢の愛人を囲うのは当然という文化にどっぷり浸かってきた叔父にとって、そんな甥の話は馬に念仏である。

案の定、叔父は三成の説得にも耳を貸そうともせず、心外だとばかりに『何が悪い!!』とブリブリ文句を言い出す始末。

まあしょうがない。確かに浮気は男の甲斐性だし、不倫は文化だ。

それについては俺もそう思っているし、表立って否定せん。百歩譲ってこの男の意見を素直に認めてやってもいい。

「だからな、三成。ワシが名無し殿を愛人の一人に加えても何の問題も無いだろう?なっ?なっ?」

だがなエロジジイ。貴様のその要求だけは全力で断る。

いいか?耳の穴をかっぽじってよく聞いておけよ爺さん。あんたの希望や名無しの気持ちなど一切関係ない。世の中のルールや慣習なんてクソ食らえだ。


では何故駄目なのか?答えは非常に簡単だ。


俺が嫌だと言っている!!!!


「─────そう言えば叔父上。今思い出したのですが、先ほどおねね様が叔父上を探していましたよ。何やら折り入って話があるとか」

本当に今しがた、この時になって思い出したような口ぶりで三成が告げる。

すると叔父は『何!それはいかん!』と言って急にあたふたし始めた。

つい先程まで名無しの事で頭が一杯になっていた叔父相手でも、自らが仕える主・秀吉の正妻という立場にあるねねの名前は大いに効果があるようだ。

「こうしてはおれん!ワシは行くぞっ」

ねねが探している、と聞いた叔父は突然意識を現実に引き戻されたかのように両目をパチッと見開き、湯飲みに残っていた最後の砂糖茶を飲み干すと勢いよく立ち上がった。

(嘘に決まっているだろバーカ)

そんな叔父の慌てっぷりを目の当たりにして、三成は心の中で一人ほくそ笑む。

本日ねねは何やら用事があると言って城を空けており、深夜になるまで戻ってこないという事を三成は知っていた。つまり、単なる作り話。

いくら叔父が必死になってねねの居場所を探しても到底見つかるはずがないし、嘘だとバレる可能性もあるが、そうなっても『おや?俺の記憶違いでしたか』とか適当に言い逃れすればいい。

権威に弱いタイプの人間を直ちに動かすには、お偉い様の名前を出すのが一番てっとり早いのだからな。

「さらばだ三成。この話の続きはまだ今度な!!」
「いえ、叔父上も何かとお忙しい身の上でしょう。叔父上の貴重なお時間を使わせては申し訳ない。もうこの部屋には二度とこなくていいですよ」

三成は言葉の最後にさり気なく棘を仕込み、完全に作られた嘘の笑みを浮かべて叔父の後ろ姿を見送った。

ガラガラッ。

ピシャン。

襖が閉じる音を聞き届け、叔父が退室した事を確認した三成はフーッ…という安堵の溜息を漏らす。

ああ、やっとうるさいオヤジが消えてくれた。これで俺はやっと普段通り執務に没頭できる!

三成は中断していた仕事を再開する事が出来る事と天敵を撃退する事が出来た二重の喜びを抱き、一気にテンションが上がるのを感じた。

こんな時は鼻歌でも歌いたい気分だな。

知らず知らずの内に込み上げてくる笑いを懸命に抑え、音は出さないままでフンフンと鼻呼吸でリズムを取りつつ業務の続きをしようとした直後、突然襖が左右に開く。

「三成っ!」

室内に飛び込んできた人物の正体がまたしても叔父である事に気付いた三成の眉間に、嫌悪感を示す歪みが瞬時に生じた。

「あんた、まだいたんですか」

一度目の来訪までは敬意を込めて『叔父上』と呼んでいた三成の口調が、二度目の来訪では『あんた』呼ばわりにチェンジされている。

しかし、普段から人の話を全然聞いていないのか、それとも単に図太い性格なのか、叔父は全く気にしない素振りで三成の元に駆け寄った。

「聞き忘れた事があるのだが、名無し殿は普段下着を履いている派か?それとも何も着けずに過ごす派か?」
「………は?」

意味不明な叔父の質問に、三成の眉間には先程よりも一層深くて険しい皺が刻まれる。

何を言っているんだこの男。意味が分からん。

完全に理解の範疇を超え、地球外生命体を見るような奇異な目線で三成が叔父の顔を凝視していると、叔父は先刻の処女発言と同じようにしてヒソヒソ声で話し出す。

「身分の高い女は着物の下に何も付けていないだろう?いざという時に手っ取り早くてワシはそちらの方が好都合だが、名無し殿は戦場にも出られる女性だと言うではないか。それなら戦闘時の事を考えてきっちり履いている可能性もあるし、脱がせる時間も計算に入れると、今後名無し殿との逢瀬にこぎつけた時にはたっぷり時間に余裕を持って彼女の元に向かう方がいいかと…」
「………は?」

自分でも間抜けな返答だと思うが、三成はさっきと全く同じ言葉しか出てこない。


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