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戦国 
【三成クンの憂鬱】
 




「……名無しが処女かどうかは俺も確実な事は知りませんが」

そう告げて叔父を見据える三成の端整な顔立ちに、ゾッとする程の冷気が宿る。

「あの女には心に決めた相手がいるという話は聞いています。どこの誰かは存じませんが、名無しはその男に相当熱を上げている状態だという話も一度や二度でなく何度か耳にしていますので、それだけは確実です。それに名無しはああ見えて意思の硬い女です。そのような相手がいる以上、叔父上がどれだけ彼女の身を所望されようが、色良い返事は期待できないかと」

このような返答を述べたのは、三成の独断である。

名無し自身に許可を取ったとか、何か聞かれたらそう答えてくれと頼まれている訳でもない。

しかしこう言えば叔父の誘いを断るいい理由になるし、決まった相手がいるなら仕方ない…という事で叔父の体裁も保たれて一石二鳥の解決案ではないかと三成は考えたのだ。


名無しが心に決めた相手。言うまでもないが、それは俺。


喉元までせり上がる声を理性の力で押し戻し、三成は叔父の前で至極冷静な態度を装う。

別に俺自身はあの女の事なんてどうでもいい。名無しがどこでどんな男に抱かれようと、どうだっていい。

しかし、しかしだな。

このように俺は名無しの事なんてどうだっていいのだが、面倒な事に名無しは俺に惚れていると思う。

俺が『よそへ行け』と言って追い払おうとしても、名無しがそんなのは嫌だ、三成以外の男の人なんて絶対にイヤ!!と言って泣きながら俺の足下に縋り付いてくるのだ。

まあそれは別に実際に起こった話という訳でもなく、名無し本人に直接問い詰めて俺への想いを打ち明けさせた訳でもないのだが。

だがそんな事は一々あの女に聞いて確認するまでもない。名無しは俺に惚れている。と言うより、そうに決まっている。

なんたってこの俺、石田三成様が。

豊臣城に属する女という女達から『一生に一度で良いから三成様の腕に抱かれたい!!』と切望されているこの俺が幾度となく情けをかけてやったという果報者の女なのだ。

俺ほどの男に抱かれておきながら、俺に惚れないという女がいたらそいつは絶対頭がおかしい。気が狂っている。

よって、いくら神経の図太い名無しでも俺以外の男に迫られるのはキツかろう。ひょっとしたら精神的負担の大きさのあまり倒れるかもしれん。

そうなったら面倒だ。あの女の事なんてどうでもいいが、仕事の面で穴を空けられるのだけはとても面倒だ。

という事は、自分の利益を守る為にもここで俺がこのヒヒジジイの野望を阻止せねばなるまい。

本当に何でこの俺がここまで気を遣ってやらねばならんのだ。あーあ、面倒臭い!

自分自身に言い聞かせるようにして『どうでもいいが』を連発しつつ、三成は己の脳内で様々な考えを絡ませる。

名無し本人に直接聞いた訳でもないのにここまで勝手に決め付けられるのは、三成の全身を満たす男としての確固たる自信と山のように高いプライドに他ならない。

「そんなものは全く関係ない!」

だが、叔父は三成のアドバイスを聞いても一向に考えを改める様子が無い。

「好きな相手だかなんだか知らんが、まだ結婚している訳ではないんだろう?所詮は自由恋愛、他人のモノが欲しければ力ずくで奪い取ればいいだけの話だっ」

さすがは三成の叔父に当たる男。敵もさるもの、その程度の情報など何の牽制にもならなかったようだ。

望んだ女の事を甥から遠回しに『無理です』と説明された事が、余計に彼の男心を煽ったらしい。

「その相手は大体いくつくらいの男なんだ。若造か?それとも中高年か?」
「……20代、だったと思いますが」

名無しの思い人の年齢を尋ねられ、三成は少し迷った後で答える。

三成が言った『20代の男』と言うのは、勿論彼自身の年齢に当てはめての事だった。

「はははっ。なんだ、まだまだほんのヒヨッコではないか!」

すると叔父は三成の返事を受けてますます思いを固めたようで、大きな声で高笑いしながら自信たっぷりに言い放つ。

「20代の若造に恋い焦がれているとは、なんとまあ哀れな事だ。若い男には仕方の無い事ではあるが、我々中高年の男に比べて金が無い、地位が無い、女の扱いに慣れていない、思いやりが無い、テクニックがないのナイナイづくしだ!」
「……!」

確信に満ちた声で放たれる叔父の言葉の数々に、三成の両目が微量の驚きと共に見開かれていく。

「それに、な」

意味有りげに呟いて、男が嫌らしい笑みをニヤリと浮かべる。

「若い男は女と見れば押し倒し、すぐにコトを運びたがる。ガツガツしていて精神的にも肉体的にも余裕が無い。セックス自体もヘタクソだ!」
「……。」
「若い奴らは自分が楽しむ事しか頭になくて、女を喜ばせてやろう、気持ちよくさせてやろうという気概がない。経験不足で技術不足。おまけに一度の営みにかける時間も少ない。実に味気ない。中高年の男と違って、若い男にはサービス精神がまるでない!!」

鼻息荒くといった言葉がピッタリな状態で、叔父が興奮気味に主張する。

男としての勝負なら、まだまだ若い者には負けない。むしろ自分達くらいの年代の方がよほど優れている面がある!という彼の発言内容は、若者への対抗意識が丸出しだ。

その発言が、三成の中にある『何か』に触れた。

年齢差のある同性に物申したい事があるのは叔父だけに限った事ではなく、三成もまだ同様だった。

「……世の中には中年男の粘着質でしつこいセックスに、不満や嫌悪感を抱く女も大勢いると思いますがね」

三成は叔父の主張を逆手に取り、そっくりそのままカウンターで跳ね返す。

「年の功だけあって無駄な小細工だけは得意かもしれませんが、そんなもの、所詮は何の足しにもならん事です。情事の際、女が男に求めるのは魚市場に並ぶ魚と一緒です。最も重視するのはイキの良さであり、ピチピチと元気良く飛び跳ねるかどうかです。まあ、それは男が女に求める物も同じ事が言えるかもしれませんが」

三成は一旦そこで言葉を切り、茶を少し口に含んで口腔内を潤すと、怜悧な流し目をチラリと叔父に注ぐ。


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