戦国 | ナノ


戦国 
【三成クンの憂鬱】
 




労働は兵士がやるし、子育ては女官がやる。男のやる事に余計な口出しをされては煩わしいので、必要以上の教養もいらない。ちょっとくらい馬鹿な女の方が男にとって御しやすいからだ。

ただ若くて美しい。何でも素直に言う事をきく。他の男に見せて大いに自慢できる家柄と容姿の持ち主。それだけが上流階級の妻に求められる『素質』だった。

「何だかんだ言ってはいるが、結婚はいいぞ三成。お前も結婚してみればよく分かる。少しばかり足りない所がある新妻も、それはそれで可愛いモノだ。何ならワシがお前にぴったりの若くて美しい嫁候補を大勢紹介してやろう。お前もそろそろいい年だ。結婚を考えてもいい年齢ではないのか?んんっ?」

お節介オバサンよろしくお節介オジサンのような台詞を矢継ぎ早にまくしたて、叔父が三成の顔を下から覗き込む。

三成はわざとらしいその仕草と自分に絡みつくねちっこい視線に中年男性特有の下世話な好奇心を感じ取ると、嫌悪感を滲ませた目付きで叔父の顔を睨み返す。

「せっかくのお申し出ですが、お断り致します。俺はまだ若輩者故、妻を娶るような甲斐性など持ち合わせてはおりません。それに、俺は叔父上のように心が広くはありません。間違って愚かな女を掴んでその尻拭いをさせられる羽目に陥るくらいなら、一生独りでいた方がマシです」

どこまでも自信満々の三成は、未婚である事に焦りを感じているような人間達とは違い、結婚などというシステムにそこまで重きを置いていない。

結婚をした事によってあらゆる事がプラスに働き、自分にとって得にしか働かず、良いことずくめの婚姻関係というのであればまだ考えてもみよう。

ただし、独身時代に自由に使えた金、自由に使えた時間、自由に使えた交友関係、自由に振る舞えていた立場や環境といった数々の要素がほんの僅かでも、髪の毛一筋ほどでもマイナスになりそうな可能性があるのであれば、そんな結婚なんて絶対にしたくない。と言うより、する意義を感じない。

独身時代の利点を一切殺さずに出来る結婚。独身時代よりも生活レベルを落とさずに出来る結婚。心身共に最高の自由と権利を与えられる全ての条件がクリアできた結婚以外、三成は最初から眼中になかった。

「相変わらず禁欲的じゃのう、三成は。まさかとは思うが…お前、その年で童貞ではあるまいな?」

いくら親戚とはいえ失礼極まりない台詞を、叔父は三成に正面から直接ぶつけてくる。

自分の薦めを素直に聞かない甥に対する、嫌味混じりと尻叩きの意味も込めた発言である。

「ご安心下さい。俺の体は成人男子として至極真っ当な発達を遂げています。肉体面でも精神面でも普通の男として健康的な生活を送っておりますので、お気になさらず」

しかし三成はそんな叔父のジメジメッとした突っつき攻撃にも何ら戸惑うことなく、自分用に入れた普通の茶を飲みながら淡々と言い放つ。

叔父の質問に対する三成の返答によると、彼が現在所持しているのは彼曰く『至極真っ当な発達を遂げた』男性器。

この美しい若者の顔をじっと長時間眺めていると、人間の持つ性欲とかそういった欲求とは無縁のような存在に感じられ、本当にそんなモノが彼のような人間の下半身にも付いているのかと思うと微妙な違和感を覚えるほどだ。


こいつ、こんな綺麗な顔してワシよりもよっぽど見事なモノを持っていたらどうしよう……。


いや、まさかな。


顔が良くてアソコもデカイなんて、それこそ超A級の反則技だ。


そんな卑怯な真似が平気でまかりとおったら、自分を始め世の男性は断固として神に苦情を言い続けてやる!!


己の脳内だけで一人勝手に想像を膨らませ、勝手に結論を出して終了すると、叔父はゴホンと軽く咳払いをして三成に別の話題を振った。

「それならよい。話を変えよう。三成よ、お前と一緒に仕事をしている女性…名前は何と言ったか。え〜っと…」
「……名無しの事ですか?」

名無しの名前が出た途端、三成の眉間に僅かな皺が寄る。

何故この男の口からあの女の名前が出てくるのか。

頭の中で思考を巡らせていた人物の名前が思い出せた事に気を良くし、叔父は『そうそう』と嬉しそうに相づちを打つ。

「そうだ。その名無しとかいう女性だ。今日は姿が見当たらぬようだが、どこかに出かけておるのか?」
「……所用で、出かけておりますが……。あの女に御用でも?もし何か伝言等あると仰るのであれば、俺が代わりに承っておきますが」

叔父の問いに答える三成の声が、半ばで途切れる。

自分の叔父、そして名無しの間に発生する接点が何なのか今一つ思いつかず、叔父の言葉の先を促すようにして押し黙る三成に、叔父は少々戸惑ったような表情を見せた。

「いや、そんな大した事ではないのだが。もしお前が知っているというのならお前に聞くという方法もあるが、その……」

言いたいような、言いたくないような。聞きたいような、それでいてやめておこうとするかのような何とも形容しがたいその口調。

叔父が何を聞きたがっているのかは知らないが、こんな風にして情報を小出しにされるのは三成にとって一番嫌なやり方であり、そして一番気になるやり方であった。

「知りたい事とは何ですか?叔父上。俺で分かる範囲の事であればお答え出来ると思います。言って下さい」

もったいぶった叔父の言い方に少々神経を逆撫でされた三成は、少しだけ語気を強めて聞き返す。

お前の知りたい事などどうでもいいが、そのしゃべり方が気に食わん。

どつき回したくなる衝動を体の奥深くまで押さえ込み、辛抱強く問う三成の言葉に心が動いたのか、叔父は『実は…』と前置きして三成の方に顔を寄せてきた。

早く言えよこのオッサン!!

そう思いつつ表面上は穏やかな声で『何ですか?』と尋ねる三成に、叔父は思ってもみない質問を投げかけた。


「名無し殿は、その─────まだ処女か?」
「………は?」


間近にある叔父の顔を見ながら、三成が短く聞き返す。

キョロキョロと周りを見渡しながらわざとらしく潜めた声で尋ねてくる叔父の態度はがいかにも内緒の話≠連想させ、三成の中にあった叔父への嫌悪感が一気に加速する。


[TOP]
×