戦国 【Snow】 私は、名無し殿の事を愛している。 そういう事を生業としている女性と同じように、名無し殿を扱おうと思った事は天に誓って一度もない。 それなのに、情事の際に見せる名無し殿の姿態があまりに悩ましくて色っぽい物なので、一瞬勘違いしてしまうのだ。 そのせいで、ついつい彼女の事を泣かせてみたいと思ってしまう。娼婦のように腰を振って、淫らに喘がせてみたいと願ってしまう。 こんな事を考えてしまう私は、物凄くいやらしい男なのでしょうか。 それとも私の他に貴女を抱いた男も同様に、同じ獣の眼をして貴女を見ているのだろうか? 「な…舐めて下さい。名無し殿…」 「!!」 「わ、私の事を真に愛しているなら…簡単に…出来るでしょうっ……?」 気が付いた時には、私は妙に上擦った声を出して名無し殿に告げていた。 これはいわゆる、『愛の踏絵』だ。 これが出来れば『好き』。拒否されれば『好きじゃない』。 恋人の愛の大きさを推し量ろうとするのは女性の専売特許のように言われているが、私達男だってたまにはそういう事をしてみたい時がある。 「…幸村の…事を…?」 「は…はいっ。名無し殿……」 ぼんやりとした表情で、私の言葉を反芻しているだけのように見える名無し殿。 意志の力を無くしたような彼女の姿を見ていると、自分の言葉が本当に彼女の元に届いているのかどうか、私は不安になってしまった。 もし、万が一。名無し殿が私の願いを聞いてくれなかったらどうしよう。 私に対する彼女の愛が、薄っぺらいまがい物だと知ってしまったらどうしよう。 ああ、それって、物凄くショックだな。 私が彼女に対して抱いているのと同じ位、私を愛してくれていないとしたら物凄くショックな事だ。 あまりにショックが大きくて、思わずこの場で名無し殿の首を両手で掴んで、キュッと捻ってやりたくなる程だ。 キュッというか、正式にはバキッとかゴキッとかいう音がすると思うけど。 私の求愛を拒む者は、例え愛しい貴女であっても許せない。 男の純情を弄ぶという事は、それ程罪深い事なのだ。極悪非道な事なのだ。 男心を傷つけるような最低の女なんて、あの世行きで十分だ。 「……んっ……」 ペロリ。 「!!」 赤く濡れた舌先をちろりと出して、名無し殿が私に言われた通りに私の体液を綺麗に舐め取っている。 その仕草はまるで子猫のように可愛らしくて健気なもので、私は頭がクラリとするような目眩すら感じていた。 「はぁ…っ、名無し殿…感激ですっ。名無し殿がそれ程までに、この幸村の事を愛して下さっていただなんて…っ」 「あん…。幸村……」 感動で泣きそうな顔になりながら、私は堪らずに名無し殿に両腕を伸ばして引き寄せると、力の限りギュウッと抱き締めた。 「ゆ、幸村…苦しい…」 骨が折れる程に強い力で抱き締めている名無し殿が、消え入りそうな小さい声で苦しげに訴える。 ああ、名無し殿。幸村はたった今目が覚めました。 私に対する貴女の深い愛情を、一度でも疑うなんて私は何と愚かな男でしょう。 私はこの時、己自身のしでかした大きな過ちに、海よりも深く反省していた。 名無し殿の愛はこのように幸村の手元にあると言うにも関わらず、それを邪魔する者がいたとしたら、それは全部その相手が悪いのだ。 きっとその男は、私の名無し殿の溢れんばかりの妖艶な色香に惑わされた、ケダモノ男に決まっている。 私と違って、嫌がる名無し殿を無理矢理押し倒したに違いない。なんて酷い男だろう。 ですが、このように悩ましい貴女の姿を見れば、同じ男であれば無理もない事です。 「名無し殿…名無し殿。これからはずっと私が貴女をお守り致します。名無し殿……」 「幸村……苦し……」 愛しい思いをただただ込めて、私は何度も彼女の名前を呼んでいた。 呼吸をするのも苦しそうな名無し殿の吐息が耳元で微かに聞こえたが、私は彼女を抱いている腕にさらに力を込めるだけだった。 名無し殿。貴女の誇りを汚す者から、私がお守り致します。 汚れない貴女の身代わりに、すでに汚れた手を持つ私こそが殺し屋となりましょう。 愛する人を守る為なら、人は鬼にも蛇にもなれるのです。 そして私より先に貴女を汚した殺すべき男の名は、いずれ………。 「ん…っ…幸村……」 「!!…名無し殿っ!?」 そう思っていた矢先、名無し殿が弱々しい悲鳴を上げた。 慌てて彼女の体を引き剥がしてみると、ぶるぶると全身を小刻みに震わせている。 吐く息はどこまでも白く、体温が上がり切っている私とは正反対で、彼女の肌はひんやりと冷たくなっていた。 外は雪が降っている関係もあって、書庫の室内温度は急激に低下していたのだ。 [TOP] ×
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