戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「あれっ?なんか鍵がかかってるぞ。お前、鍵持ってきてねえの?」
「え−っ?だって、鍵置き場には無かったぜ。おかしいな。誰か前に使った人間が、書庫の鍵を返し忘れているのかな?」

何とかこじ開けようと試みていた二人だが、無理に開けようとすると扉が壊れてしまうと思ったのか、物音はそこで途絶えた。

「だから言ったじゃねえか。今夜は仕事するなって、神様の思し召しに違いないな」
「……そうだな。でも、何だかさっき、中から微かな音が……」
「風の音さ。調べ物は明日にしよう。そうと決まればさっさと帰ろうぜ?」

口々に意見を延べ合うと、男達は書庫の前から立ち去っていった。

寒さを訴えながら元来た道を戻っていく彼らの足音を注意深く聞いていると、次第に遠ざかっていって、いつしか気配が消えていく。

「…どうやら邪魔者はいなくなったようですよ」

完全に誰もいなくなった事を武将の勘で嗅ぎ取ると、私は名無し殿の頬にチュッと触れるだけのキスをした。

「…ん…。幸村…」

先刻までしていた行為があまりにも刺激的過ぎたのか、名無し殿がはぁはぁと肩で軽く呼吸を整えている。

半ば茫然としたような、心ここにあらずといった表情で、名無し殿が濡れていない方の手で私の袖を掴もうとした。

「幸村です。私はここにいますよ、名無し殿…」

ニッコリ。

その動作に気付いた私は彼女を安心させる為に、普段通り爽やかに微笑むと、何事も無かったかのように握っていた物からパッと手を離す。

片手で名無し殿の秘部をまさぐっていた私だが、もう一方の手はずっと腰元の脇差に添えられていたのだった。

あの扉は絶対に開かないという確信があった私だが、最悪の事態に備えていた。

彼らの正体が兵卒だと気付いた時に、私の手は無意識に武器の柄へと伸びていた。

左近殿や兼続殿のような同僚武将を殺す事はなかなか骨の折れる作業だが、相手が一般兵士だと言うなら全く持って話は別だ。

刀を抜くまでに1秒。立ち上がるまでに3秒。

10秒もあれば、悲鳴を上げる間もなく首を跳ねる事が出来る。

彼らの死体は、そのまま廊下から突き落としてやれば良いだけだ。

降り積もる真冬の雪はやがて彼らの遺体を覆い隠し、冷凍貯蔵してくれる事でしょう。

深い深い雪に埋もれて、冷たい雪に包まれて。

例え雪が溶けて誰かに見つかったとしても、凍っていた遺体は死亡推定時刻すら不明にしてしてくれる事だろう。


(……どこの兵士だ……)

あの様子では多分気付いていないと思うのだが、万が一何かを思い出したかのように『そういえば、あの時書庫の中から女の喘ぎ声が聞こえた』なんて言われてしまったら厄介だ。

明日一番でそれとなく周囲の人間に話を振ってみて、今夜書庫へ近づいた二人の所属と名前を聞き出しておこう。

自分が不利な情勢に追い込まれた時の為に保険をかけておくのは、兵法の基本中の基本。

私も伊達に豊臣軍の特攻隊長を務めている訳ではないのだ。

内心そう考えた私はクスリと口の端を緩ませて、妖しい微笑みを口元に貼り付けていた。


私と名無し殿の恋路を僅かでも邪魔する者は、所詮どうあがいた所で────絶望。


「……ゆき、むら……」

とろん。

トロトロに溶け切った瞳の色で、名無し殿が私の名前を呼んでいる。

おずおずと遠慮がちに両腕を私に向かって伸ばす名無し殿の仕草がとても健気で可愛らしくて、私はつい吸い寄せられるように彼女に覆い被さっていた。

「幸村…。どうかしたの…?幸村……」
「ああ…私の名無し殿…何でもありません。犬が二匹うろついていただけの事ですよ。気にする事ではありません……」

追い詰めれば追い詰める程に、正気を失わせれば失わせる程に、淫靡で艶めいていく名無し殿の姿。

彼女をこの状態に持っていく事は、男としてのプライドを堪らない程に満たしてくれる事でもある。

自分のテクニックを暗に誉められている気分になり、男の征服欲と自尊心を酷く刺激してくれるのだ。

「幸村…。あの……」
「何ですか?」

恋人に甘えるような、熱っぽく潤んだ瞳で名無し殿が私に何かを訴えかけてくる。

「これ……」

私の声を受けた名無し殿が恥ずかしそうに、困ったように、そろりそろりと片手を上げた。

ためらいがちに差し出された名無し殿の掌中には、放ったばかりの私の体液がこびりついていて、未だにトロリと濡れている。

「…あ…。それは…」

その光景を認めた途端、私の全身がまたしてもカッと熱くなり、胸の中で何かが弾けたような感覚に襲われた。

大好きな女性の手を汚したという例えようもない喜びと満足感が、体内を鮮烈に駆け巡る。

どう処理していいのか分からないといった面持ちで、名無し殿が自分の手に困惑気味の視線を落とす。


───舐めて欲しい。


喉元まで出かかっている男としての強い願望に、私は己の体液にまみれた彼女の手の平を凝視していた。


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