戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




雪の上で前のめりに倒れて絶命していた男の死体と、それにすがりついて泣き崩れていた女性の姿。

その場面を思い浮べていた私は、無意識の内にある一説を口ずさんでいた。

「───トオイトオイ、ヤマノオクデ……」

ぼんやりと遠くを見つめている私の台詞を遮るようにして、三成殿が私の代わりに淡々と続きを述べる。

「……『遠い遠い山の奥で、深い深い雪にうずもれて、冷たい冷たい雪に包まれて、眠ってしまうのいつか』、だな」
「…!ご存じなのですか?」
「部分的にしか知らないが。恋する若者独特の、青臭い余情を感じさせる『心中』の言葉だろ。確か」
「さすがは、三成殿…。よく知ってますね。私、今まで自分が読んだ中で一番好きなんですよ。この言葉…。物凄くロマンチックじゃないですか?」
「……恥ずかしい奴」

今までに、私は何度も命の危険に曝された事もある。

幾度も戦場に出る度に、ああ、もしかして自分は今日、ここで死ぬのだと思った事も沢山ある。

確かに一国の武将として生まれてきたからには綺麗な死に方が出来るだなんて思っていない。贅沢な死に方なんて、最初から望んでもいない。

『どうせ死ぬなら人を殺して死ね』と言われ、『もうダメだと思ったら、一人でも多くの人間を道連れにして死ね』と言われ続けて育ってきた私なのだから、そうやって死んでいくのがごく当たり前の事なのだと思う。

それでももし、万が一。死に方は選べないとしても、もし死ぬ季節を選ぶ自由が与えられるのだとしたら、私は出来れば真冬に死にたい。

最後の最後まで戦って、敵の武器で己の心臓を貫かれて、雪の上で絶命したい。

一面の銀世界に包まれて、ドクドクと流れ出る血で自分の周囲を真っ赤に染めながら、冷たい雪に体温を奪われていきたいと思う。

深い深い雪にうずもれて。冷たい冷たい雪に包まれて、まるで眠るように死んで生きたいと私は願う。



そしてその時私の隣で、一緒に死んでくれるのは、勿論───。


(……名無し殿……)


冷えた両手を何度も擦り合わせながら、私は愛する女性の名前を心の中でひっそりと呟いた。

出来るだけ多くの人間を道連れにして死ねと教えられてきたけれど、今の私は正直そんな事なんてどうでもいいと思っている。

千人の敵を殺して彼らと共に地獄へ堕ちていくよりも、私にとっては貴女一人の命を道連れにしていく方がよっぽど望ましい。



そして私達のような人間にしてみれば、愛する女性と『平穏』で『穏やか』な日々をいつまでも送るという条件の難しさに比べたら、愛する女性を殺して自分も一緒に死ぬという方が────百倍容易い。



「これ以上寒くなる前に、残りの仕事を終わらせなくてはならん。幸村、俺はそろそろ行くぞ」
「あっ…、そうですよね。長々と相談に乗ってもらってすみません。助かりました」
「これと言って大した話はしていないと思うがな。ああ…そうそう」

面倒臭そうに腰を上げた三成殿が、不意に何かを思い出したような声を漏らして私の顔を見下ろした。

「最初の話に戻るがな。お前が左近に連れられて風俗に行った話は、別にする必要はないと思うぞ」
「うっ…。ほ、本当にそう思うのですか?三成殿がそこまで何度もおっしゃるというのであれば、そちらの方が正しいような気もしてきましたが…」

何だか彼の言う事に洗脳されてきているような気持ちにならない事はないのだが、こんなにも長く自分の話に付き合って貰ったという義理もあって、私はとりあえず彼の言う通りに従う事にした。

三成殿の事だから、もし私が彼の言い付けに背いて、名無し殿に正直に話した挙げ句振られたという事を知ったとすれば、何を言われるか想像が付かない。

それこそ鬼の首を取ったかのように『だから、素直に俺の話を聞けと言っただろう!』とか何だとか、その後一ヵ月近くに渡ってずっとチクチク言われ続けるに違いない。

「分かりました。ここは三成殿の仰せの通りに致しましょう」
「何だその顔。釈然としない面構えをしているな。文句があるならはっきりと言ってみろ」
「何も有りません」
「目が泳いでいるぞ、幸村」

真っすぐに背中を伸ばして姿勢良く立ち上がっている三成殿が、私の態度を訝しむような顔をして、怖い目付きで睨んでいる。

その視線をいつものように軽く受け流すと、私は彼とは対照的に体操座りのままで、不貞腐れたような素振りで体を丸め込んでいた。

「最後に、アドバイスをくれてやろうと思うのだが」
「何ですか」
「世の中には知らない方が良いという事もある。余計な詮索は慎む方が己の精神衛生上にも健康的だと言う事を、よく覚えておくのだな」
「……どういう事ですか、それ?」

彼に言われた言葉の真意を取りかねて、私は慌てて三成殿の顔を見上げた。

「知らない方が良い事なんて、この世に存在する訳がありませんよ」
「……本当に、そう思うのか?」

笑うような抑揚を台詞の中に滲ませながらも、彼の声音は決して笑ってなどいない。


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