戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「女の人って…なんか、ドロドロって言いますか、物凄くヌルヌルしていますよね。色んな意味で」
「フッ…。お前にしてはなかなか良い表現の仕方をするな」

あの後、彼女はその騒ぎを聞いて駆けつけてきた兵士達によってすぐに取り押さえられていたのだが、よくよく考えてみれば彼女もこの手で殺しておけば良かった。

どうせどうあがいた所でその女性が私だけの物になってくれないというのなら、別にそのまま彼女の事を生かしておく必要なんかなかったのではないかと思う。

いや、むしろ生きていて貰っては困るではないか。

愛する女性が私の物になってくれないというのに、他の男の所へ行ってしまうだなんて、そんな事をされたら困るではないか。

だって、そんな話は随分と酷すぎる。そんな話は私には耐えられない。

自分が愛する女性が他の男を愛しているというのなら、いっそこの手で相手の息の根を止めてしまった方がまだマシだ。

そして勿論、相手の男も。

「三成殿。こんな私の考え方は、おかしいと思いますか?愛する女性の為なら平気で人も殺せるという私の心は、やっぱり変だと思いますか?」
「別に。生憎俺はお前のような考え方は持ち合わせておらんが、別段おかしいとも思わんぞ」
「だって…同じ城の人間ですよ?自分と同じ職場で働く同僚なのに、こんなにも簡単に嫌いになってしまうだなんて…」
「ふん。俺には全てがつまらん綺麗事にしか聞こえんな。いかに出来た人間だとしても、『ご近所』に腹立たしい人間が住んでいるとしたらそうそう愉快な顔も出来まい」

三成殿はバサッと扇子を一振りすると、つまらなさそうな顔をして私に告げた。

「で…ですが…。しかし、ですね…」
「何だ幸村。まだ納得いかない事があると言うなら言ってみろ」

自分の抱えていた悩み事を次々と片づけてくれる彼に対して、内心一抹の喜びと頼もしさを感じていた私であったが、それでもどうにも腑に落ちない部分もある。

こんな事を言うのは自分の心の醜さを露呈するのと同じだから、恥ずかしくて決して他人には言うまいと思っていた事を、私は感極まって三成殿にぶちまけた。


「だって、やっぱり変じゃないですか。国の為とか…大義の為の理由じゃないのに…。やっぱり私、おかしいですよ」
「だから、何がそんなにおかしいのだ?」
「自分が嫌いだからって、たったそれだけの事で相手を簡単に殺してしまうだなんて。それが、果たして人の子のする事なのでしょうか。『普通』の人間のする事でしょうか?」
「───自分が嫌いだからという理由で殺す。相手の事が憎いから殺す。自分が気に入らないからという、たったそれだけの事で簡単に殺す。それが俺達人間が、毎日『普通』にしている事ではないのか?」
「───!!」

何を今更分かり切った事を、とでも言うかの如く、三成殿は私の疑問をあっさりとものの数十秒で突っぱねた。

彼の口から零れ出た言葉に、私はハッとしたように顔を上げる。

「世間で毎日のように起きている『普通』の殺人という物は、その殆どが極めて個人的な怨恨の、私情による物ではないか」
「そ…っ、それは……」
「A子がB子を刺した。C男が隣近所のD男の首を絞めて殺害した。巷で『普通』によくある殺人事件のどこに、国家や大義の理由が含まれていると言うんだ。ま、絶対に無いとは言い切らんが」
「そう言えば…そうですね…。そ、そうやって考えてみれば、私だって別におかしくはないですよね…」

彼の言う台詞の内容を聞いて安らぎを覚えた私は、安堵の溜息を付きながら、自分の手で大きく胸を撫で下ろした。

だって皆、私と同じように、嫌いだからという理由だけで簡単に相手を殺しているんですよね?

私は何という素晴らしい友人を持っているのだという事に、今頃気付いていたのだろう。

こんなにもあっさり話が終わってしまうと言うのなら、いつまでも一人でずっとクヨクヨ悩んでいるんじゃなかった。

ああ、良かった。ホッとした。

「下らない事でいつまでも悩みすぎなんだ。最近売れている何とやらの小説も、その類の物ではないか」
「ああ…そう言えば、そんな話を聞きましたね。確か恋愛物の小説で、下働きの女官が妻子持ちの身分ある殿方に懸想して…。ついには相手の男も殺して無理心中を図ったとかいう内容の書籍でしたっけ?」

いつの世も庶民の間で変わらずに人気がある物の一つに恋愛物があるのだが、最近はそういった物をテーマにした本や演劇が、民衆の間では持てはやされているらしい。

普段これといった楽しみが殆ど見当たらない多くの庶民にとってみれば、男女のドロドロとした愛憎劇や、少々頭を使う推理物の小話などは、数少ない娯楽の一つなのだろう。

三成殿が『なんとやら』と大して興味もなさそうに言っていた小説は、特に女性達───あまり身分の高くない、若い女性の間で幅広く人気があったように思う。

小説の主人公に、現実の自分や普段は思っていても出来ない事を、重ね合わせて読んでいるのかもしれない。


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