戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「三成殿、馬鹿にしないでちゃんと最後まで聞いて下さいよ。この話にはまだまだ続きがあるのですよ!」
「まだ…?ほほう。それは何とも興味深いな。良かろう、最後までお前の考えとやらを聞かせて貰おうか」

ひんやりとした真冬の風が、私と三成殿の周囲を流れ、互いの頬を何度も撫でていく。

自分の口から吐き出る息が、外気に触れた途端に白い蒸気のようにたちまち曇る。

冷えた両足の爪先を左右交互に擦り合わせ、気休め程度の暖を取りつつも、私は一番疑問に思っていた事を三成殿に言ってみた。

「一番の問題は、その男の素性です。頑として名前を言おうとしない所を見ると、彼女に近しい人間ではないかと思うのですよ」
「…その女の付き人か、もしくはこの城にいる武将の一人ではないか、と言いたいのだな」
「ええ、そうです。身近な人間だからこそ言えないのか、それともその男に脅されているのか。何にせよ、この城内にいる人間の仕業だと思って間違いはありません」

そこまで言い終えて、私は一旦話を止めてふぅっと大きな溜息を付いた。

さっきからずっとゴシゴシと擦り合わせている爪先は、一向に温まってくる気配すら感じない。


「……怖いんです、三成殿」


まるで独り言のように、私はポツリと呟いた。

ずっと城の縁側で話し込んでいるせいで、すっかり体温を失ってしまった自分の両手を口元まで持っていって、はぁっ…と自分の息を吹きかける。

「怖いとは、どういう事だ?」

私の言い出した唐突な台詞に別段面食らう様子も見せず、三成殿が冷静な声のトーンで私に再び同じ事を聞き返す。


「私、怖いんです。三成殿…。万が一、その相手が私の知っている男だとしたら…。私と同じ、豊臣軍の武将だとしたら…」
「───だとしたら?」
「あ、絶対に殺しそうだ、と思ってしまったんですよ。私。知ったら即座に殺してしまいそうだ、って」
「!」
「例え顔見知りだったとしても、職場の同僚だったとしても。そんなの我慢出来ないと思うんですよね。絶対に許せないと思うんですよね、私」

何の感情も感じ取ることが出来ないような、全く抑揚のない声で私は告げた。

「それが、怖いんです」

自分より先に名無し殿に手を触れて、その体を貫いた男の事を考えていると、無意識の内に私の手が硬く握り締められていく。

嫌でも思い出されてしまう、あの光景。





『あの、すみません』
『…!?これは…幸村様。こんな所で貴方様のような高名な武将の方にお会いできるとは、光栄です…!』
『ちょっとお聞きしたいのですが、貴方がここで待ち合わせをしている女性は、どなたですか?』
『えっ?それは…』

思い起こせば、あれはちょうど今頃の時期の事だったと思う。

その時好きだった女性には、すでに恋人がいると本人の口から聞き出した私は、彼女とその男の待ち合わせの場所で二人が現れるのをじっと待っていた。

その時の私も、今の自分と全く同じように、寒い冬空の下物陰に潜んで自分の身を周囲の視線から隠しながら、両手に息を吐きかけて暖を取っていたような記憶がある。

雪がしんしんと降り積もる、冷たい日の事だった。

『……ゆ、幸村様……。一体……何をして……』
『何って…彼のせいで私と付き合う事が出来ないって、貴女は哀しんでいたじゃないですか…』

待ち合わせに遅れた彼女が、息を切らせながら駆けつけて真っ先に見た光景は、自らの愛する恋人が…いや、この場合はもう『元恋人』と言った方が良いのかな?

とにかく『ソレ』が私の手によって、命を奪われていたという物だった。

私の槍が男の心臓を一思いに貫いて、口からゴボゴボと溢れ出る血の泡と胸元から流れ落ちる鮮血が、ぽたりぽたりと地面の上に垂れていく。

白い雪絨毯を真っ赤に染めて、不気味な形を描いて広がっていく血の池が、みるみる内に彼女の足元へと流れ着いていく。

これでもう、何の心配も入らない。彼女と私の邪魔をする者なんて、誰もいない。

ああ、本当に良かった。

『ひっ…!いやぁぁぁ────…っ!!』

すっかり変わり果てた姿となって、私の足元で絶命している『元恋人』に走り寄って、気が触れたように泣き叫び続けていた彼女。


あの涙は、何なんだ。


何の為の慟哭だ。何の為の雄叫びだ?


未だにあの答えだけが見つからなくて、私は女性の心という物がよく分からなくなってしまう。

だって、私は何も悪い事なんてしていないのに。

だって、貴方は言ったじゃないですか。私の事が好きだって。本当は好きだって。

だからこそ、今の恋人の存在が邪魔だという事を、私に伝えたいと思っていたのでしょう?

女の人って、どうしてこうも皆分かりにくい人ばかりなのだろう。

『口に出して言わなくても、私の気持ちを分かって欲しい』
『わざわざ言葉にしなくても、全部理解して欲しい』

超能力者じゃあるまいし、何事もはっきり自分の口から意思表示をしなければ、分かるはずがないではないか。

どうして女の人という物は、我々男に対しては『ちゃんと話してくれなきゃ分からないでしょう!?』とか平気で言うクセに、自分の時だけ曖昧な言葉でお茶を濁そうとするのだろう。

それって酷く都合が良い話じゃないかと思うのは、私だけなのだろうか?


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