戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「…誰に付けられたのか、とか。誰に乱暴されたのか、とか。はたまた合意の上なのかなんなのか、とか。そういう事は、直接その女に聞いてみたのか?」

私の心の中を読み取っているかの如く、三成殿があぐらを組み直してポツリと一言呟いた。

その言葉を聞いてグッと喉を詰まらせてしまった私は、いささかムスッとした顔をして三成殿に返事を述べる。

「そんなのわざわざ彼女本人に聞くまでもありませんよ。あれはどう見たって、彼女は乱暴されたに違いないのです。それに彼女自身『こんな事は誰にも相談出来ない』と言っていたんです。こんな事、合意の上の行為なら絶対に出てこない言葉だとは思いませんか?」
「成る程。……『相談出来ない』、か」

私の言葉を聞いた三成殿が、意味有りげに低く押さえた声で呟いた。

どことなく嘲笑めいた色を滲ませているように思えて仕方がないのだが、彼の口元は扇子で覆い隠されていて、その瞳と声音だけで彼の表情を判断する事は難しい。


ひょっとして、笑っているのだろうか?


いや、まさか。私と彼女の事は何も知らないはずなのに、彼にとって面白い事など万に一つもないだろう。


それに、いくら彼が他人の恋愛話になんぞ興味がない男だとしても、そうそう同じ職場の同僚の悩み事を茶化すまい。


「そうか。幸村、お前はその女に直接尋ねる事は出来ない男か…」
「面目ありません…」
「それで…?その犯人は、誰だか分かりそうなのか?」
「それが…彼女は決して相手の名前を口にしませんし…。私もこれ以上その話題に触れて、彼女を傷つけるような事は…したくないと思っているのですが…」
「……。」

口元に扇を押し当てたままで、三成殿が私の事をじっと横目で見つめている。

その謎めいた眼差しの美しさと言えば、本当に彼は自分達と同じような人間等ではなくて、魔性の生き物や妖弧の化身ではないかと思える程の妖艶さだった。


「ですが、そのキスマークの付け方が何とも言えず特徴的だったのですよ。こう…愛の証を付けるというよりは、ひどく激しい付け方だったのです」
「……。」
「彼女の肌は鬱血するほど強く吸われたようで、赤みが引いて黄色く変色したり、青く痣のようになっている跡もありました。それに所々、噛んだような歯形の跡も残っておりまして」
「……。」
「これは私の想像でしかないのですが、犯人はサディスティックな傾向のある男なのではないかと疑っているのですが。三成殿は、彼女の体に残されたこの情報から判断して…どう思われます?」

自分の想像に間違いがあるのではないかと思い、私はおずおずと三成殿に推理の添削を申し出た。

豊臣一の名軍師と名高い三成殿であるのなら、きっと私の考えにミスがあればその部分を指摘してくれるに違いない。

「───クッ」
「えっ??」
「ククク…。あはははは…」
「み、三成殿!?」

普段クールな三成殿が急に笑い出したのを目の当たりにした私は、心底面食らってしまい、思わず自分でも分かるような拍子抜けした声が出てしまった。

今の私の質問に、特におかしな点は見あたらないと思うのに。

彼は一体、私の言葉のどこがそんなに面白かったというのだろう?

「み…三成殿っ。何がそんなにおかしいんですか。人がこんなに真剣に相談しているというのに…。私の推理、そんなに笑える程に的はずれな内容だったんですか!?」
「いや、すまん幸村…お前に罪はないのだが。相手の男はサド男か。そうか、青く痣のように変色していたとはな。あはははは…」
「……三成殿……?」

クスクスと楽しそうな笑みを浮かべながら、扇子を扇いでいる三成殿は必死で何かを堪えているような、我慢しているような顔に見えた。

やっぱり、いくら女の肌が鬱血する程に強い力で吸い上げたり、歯形を残す程度の事で相手の男の性癖を決めつける事は、彼のように聡明な男性にとってみれば、あまりに短絡的すぎる思考回路なのかもしれない。

自分の考えの物足りなさを、彼から暗に指摘されてしまったような気持ちになって、私は恥ずかしくてついつい下を向いて俯いてしまう。

「悪くない考えだ。あながち間違っているとは言えんかもな。その推理」
「……は……?」
「どうやらその犯人、俺と趣味がよく合うようだ。俺も是非会ってみたくなったぞ?幸村。その男に…」
「三成殿……」

クスクス。

口元だけで薄く笑って私を見ると、三成殿は切れ長の瞳を微かに細めた。

彼の顔に貼り付いている黒い微笑の意味がよく分からないが、一応私の考えには同意してくれていると思っても良いのだろうか?


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