戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「それで、三成殿…。もう一つ相談があるのですが…」
「何だ?まだあるのか」

これを三成殿に言って良い物なのかどうか、私は本当に心の底から迷っていた。

初めて名無し殿を腕に抱いた時に知ってしまった事なのだが、それ以来私の心はどうにもその事が気がかりで仕方ない。

こんな事を他人に話してしまったら、名無し殿の名誉に傷が付くのではないだろうか。

しかし、私はその立場上、他人に対して自らの想い人として彼女の具体的な名前を告げた事は一度もないし、彼女への愛を外で公言したような事は一度もない。

名無し殿の名前を伏せておくならば、別に三成殿に話してしまったとしても、そうそう悪いようにはならないのではないか?

「あの…三成殿」
「何だ幸村。もったいぶって」

その時の状況を頭の中で鮮明に思い浮かべてみるだけで、心臓がおかしな速度で鼓動を刻み、胸が苦しくなってくる。

なかなか口を開こうとしない私の態度を訝しんでいる様子の三成殿が、腰元に差していた愛用の扇子をスッと抜き取ると、慣れた手付きでバサリと開いた。

口をつぐんだままの私にそれ以上話題を急かすような事もなく、彼はただいつも通りに扇子を上下に揺らして、ゆっくりと己の顔を扇いでいる。


言うべきか……。


言わざるべきか……。


「…私は、ずっと好きだった女性をようやく自分の腕に抱く事が出来ました」
「ふん。何かと思えば惚気話か。とにかく惚れっぽい男だと噂され、3ヶ月に一度は好きな女の名前が変わると評判のお前だが、それはそれで何よりだ」
「そ、その話は言いっこ無しにして下さいよ、三成殿。確かに自分でも惚れっぽいのは認めていますが、あの時は本当に天にも昇る気持ちだったんです!」
「ふぅん。それで、その恋多き男が今度は何を悩んでいるのだ。やっとセックス出来たと思った女が自分からは何一つしないような相当のマグロ女で、一気に熱が冷めたのか?それとも、締まりが悪いとか」

すぐ隣で話しているはずの三成殿の低い声が、どこか別の遠くの場所から聞こえてきているかのようだ。

『その事』を考えている時の私といえば、いつも決まってこんな風に心ここに有らずといった状態になってしまい、巧い言葉が何も思いつかなくなっていく。



「彼女の服を脱がせた時に、キスマークが付いていたのです」
「!!」
「私以外の男の付けた物が。しかも、大量に……」


その言葉を己の口から吐き出した途端、私の脳裏に『その光景』がまざまざと思い起こされてきた。

名無し殿の白い素肌のあちこちに、点々と散りばめられていた、赤い印。

それは名無し殿への愛情故に付けられた物だというよりも、まるで彼女が自分の所有物だとでもいうように、己の欲望を満たす為だけのように付けられているかの如く感じられたのだ。

自分以外に彼女の素肌を見た者が大いに衝撃を受ける事を望んでいるような。

そして名無し殿もこんな自分の体を決して晒す訳にはいかないと、必然的に彼女自身『その男』以外に肌を見せる事を必死で拒むだろうという事を、予測して付けているかのような。

まるで全てが計算ずくの行為ではないかと見る者に思わせる位、作為的な匂いを思わせる物だったのだ。

「その付けられ方が…その…痛々しい程の物だったのです。これでもかという位、まるで他人に見せつけるかのように、彼女の体に…隙間無く刻みつけられていて…」
「ほう…?それはそれは……」

そう言ったきり、何故か三成殿は黙ってしまった。

自分からは何も余計な事を聞き出そうとはしないままに、私が口を開いて次の言葉を発する事をじっと待っているかのようだ。

普段と全く変わりのない、三成殿の冷たく澄んだ視線だが、どことなく好奇心の色が僅かに感じられるように思うのは、私の気のせいなのだろうか。

『お願い…幸村…。こんな事…誰にも言わないで…』
『ぅっ…ひっく…。こ…こんな事…誰にも…相談出来な…』

陵辱の跡が残る肌を私に見られたくないと思ったのか、涙を流しながら懸命に衣装を手繰り寄せて体を隠そうとしていた名無し殿の泣き顔が、記憶の底から蘇る。

『幸村…お願い…。貴方の…真っすぐな目で…、こんな私の姿を見ないで…』

ギリッ。

私の下で自らの両手で顔を覆い、泣きじゃくりながら震えていた名無し殿の顔を思い出すと、私は自分でも知らず知らずの内に、己の奥歯をきつく噛みしめていた。

愛する女性が泣いているのを、ただ黙って見ている事しか出来ない自分自身が、情けなくて仕方ない。

名無し殿を問いつめるのは逆効果だというのは十分分かっているものの、彼女を苦しめている男の正体が掴めないという現状が、歯痒い。


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