戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「では、逆の立場でお前に質問してやるか。本当に愛する女が自分の知らない所で他の男とセックスしていたとしよう」
「えぇっ…!?」
「それがいいのか悪いか、という問題はこの際無視して考えろ。あくまでも…『例えば』の話だ。お前はその事実を本人の口からわざわざ教えて欲しいと思うのか?知りたいと思うのか?」
「……そ、それは……」

私は、名無し殿の事が大好きだ。

彼女の事は何でもとは言わないが、それでも彼女に関するに色々な事を知る事が出来れば正直嬉しいと思う。

しかし三成殿の投下したこの爆弾発言は、私の男心を大いに揺さぶり、動揺させた。


私は、名無し殿の事であれば、例えどんな内容でも『本当の事』を知って嬉しいか?


「…難しい、テーマですね…」

聞かれた事には何でも即回答をモットーとしている私にしては、珍しく言葉に窮した、歯切れの悪い回答を漏らしていた。

確かに、愛する人の事は何でも知りたいという気持ちもある。

だが、相手を余りに深く愛するが故に、話の内容によっては一生知りたくないと思う事もある。聞きたくないと思う事があるのも事実だ。

しかし世間でよく言われている『本当の愛情』という物は

《真に相手の事を愛しているというのなら、例え何をされても、どんな事でも全て許せる。受け入れる事が出来るはずだ》

という話もある。

名無し殿に関する自分以外の男関係の話なんて、出来れば死ぬまで聞きたくもないと思っている私のような男は、酷く心の狭い人間なのだろうか?


こんな私は彼女の事を、『本当の意味』で愛していると───言えないのだろうか。


「三成殿が私と同じ立場だとしたら…どうされるのですか?」

ゴクリ。

気持ち悪い自分の生唾の感触が、喉の奥をゆっくりと通過していく。

こういうのは反則なのかもしれないが、答えに困った私は一先ず自分の事は置いておいて、代わりに同じ質問を三成殿に投げ掛ける事にした。

「俺なら確実にそんな事実は相手の女に告げないな。わざわざ馬鹿正直に話すつもりも、また話さなくてはならないという理由も見当たらない」

三成殿の回答は、余りにも拍子抜けしてしまう程にキッパリとした物だった。

半ば予想は出来ていたものの、それでも私は今一つ自分自身で納得がいかなくて、つい彼の発言に対して真っ向から噛み付いてしまう。

「でもそれってやっぱり良くない事なんじゃないですか?『隠し事』になるんじゃないですか?それに…三成殿は、好きな女性が陰で他の男とセックスしていたら、傷ついたりしないのですか?」
「───別に。俺は何とも思わんぞ。俺と離れている時にその女がどこで何をしていようが、俺には全く関係のない事だ」

私の疑問をことごとく打ち破るかの如く、三成殿がしれっとした顔で言い返す。

「えーっ!?それ、本気で言っているんですか。だって、そんなの…とても本当に好きな女性に対する態度とは思えませんよ!」
「本当に好きでも、そうなる」

彼の口から零れ出てくる言葉の全てが、私の恋愛観とは全く正反対なのでどうにもびっくりしてしまう。

別に自分の考え方が全てだとは思わない。一番正しいとも思っていない。

だけど本当に三成殿の言う通りだとすれば、私が今現在悩んでいる事なんて、下らない悩みだという事になる。

名無し殿に会えない時間にプロの女性に口で3発抜いて貰った程度の事なんて、大して悩む事でもないのだろうか。

私以外の世の男性は、一々そんな事を馬鹿正直に恋人に報告したりしない物なのだろうか?

そして世の女性という物は、そんな事は逐一恋人から教えて欲しくないと思っているのだろうか。黙っていて欲しいのだろうか。

私の愛する名無し殿も、本心では私の口からそんな事を聞きたくないと……思っているのだろうか。

「では…三成殿は、浮気をするのもされるのも、悪い事だとは思わないと?」

彼を問い詰める私の声が、若干トゲトゲしさを含んでいる。

他の人々の考える事は知らないが、少なくとも私の狭い価値観の中に於いては、付き合っている相手以外との性交渉はタブーだと、ずっと昔から思っていたからだ。

だからこそ、本当は絶対に名無し殿には知られたくない。

彼女を傷つけるような事はしたくない。

でも、それ以上に愛する彼女に対して隠し事をしたくない。

もし私がこの事を隠している方がよっぽど彼女の心を傷つけるのだと言うならば、やはり正直に打ち明けるしかないと思う。

この場合どちらが本当は正しくて、どちらを選ぶ事が間違っているのだろか?

そう思いながらずっとこの二つの衝動の狭間で悩み続けている私を見て、三成殿は益々理解不能というように怪訝な視線で見つめていた。

「愚問だな。その女が世界一の美女で床上手だとでも言うのならいざ知らず、自分よりいい女が世間にゴロゴロいるなら、浮気されても仕方がない事だろう」
「……。」
「他の女に目移りされたくないのなら、もっと徹底的に自分を磨いて、誰にも文句を言わせない程にイイ女になる事だ。俺の理屈は間違っているか?」
「……三成殿、今に女性に殺されますよ……」

普通の男が言いにくいと思っている事を、どうして彼はこうもズバズバと平気で口にする事が出来るのだろう。

そりゃ三成殿は明らかに自分に対して相当な自信がある男性だ。

だが、この世の誰もが彼のように恵まれた顔と体を持っている訳でもないと思う。

彼の言っている事は至極当然な事なのかもしれないが、世間一般の男女がこの『正論』を聞いたとしたら、きっと物凄く耳が痛い話なのではないだろうか?

少なくとも、私は彼ほど自信に満ち溢れている訳ではないので───耳が痛い。


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