戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「もう…いいですよっ。三成殿という方は、いつもそういう事ばかり言いますからね。私だって立派な戦国武将の端くれです。真田の血を引く男として、自分の悩みは自分独りで責任を持ちますしっ……」
「───で?悩み事というのは一体何なのだ」
「ええ、ええ。分かってますよ、分かってますよ。三成殿が私の悩み事なんぞに興味が全く無いと言う事くらい……って、ええええ!?」

不意にすぐ隣から聞こえてきた彼の声に驚愕してそちらを見ると、三成殿がいつの間にやら音も無く私の右隣に腰を下ろし、優雅にあぐらをかいている。

すでに彼が話を聞く体勢に入っている事に面食らってしまった私と言えば、目をパチパチとさせて彼の爪先から天辺までを凝視していた。

「……何でわざわざそんな端っこに座っているんですか。さては三成殿、幼い頃から愛されずに育ったのですか?」
「殺すぞ、幸村」
「いたたたたた!!ぼっ…暴力は良くないですよ、三成殿っ!!」

彼愛用の扇子で容赦なく何度もバシバシと後頭部を叩かれて、予想外の痛さに思わず涙目になりながらも抗議する。

「何が暴力は良くない、だ。そんな台詞は幸村だけには言われたくないな。一度戦場に出た時は、誰よりも多く全身に敵の返り血を浴びて帰ってくるのがお前だろう?」
「えっ。そうですか?」
「ふん…。相変わらずの、人懐っこい笑顔だな。これでイザって時は笑いながら平気で人を殺す男なんだから、よく言う……」

そこまで言い掛けて、三成殿は突然ピタリと言葉を止める。

何かを思いついたような、普段の鋭い眼光の中に悪戯っぽい輝きをどことなく滲ませながら、三成殿が高慢不遜とも取れるような物言いで私に向かって命令した。

「幸村。勉強代はタダではないと言っただろう。お前の愚痴を聞いてやる代償に、次の戦ではお前を最前線に送り込んでやるからな。こき使うぞ」
「……三成殿……」
「勘違いするなよ。別に俺はお前を甘やかしているつもりはない。相談に乗ってやるのは単なる同僚のよしみだ」

ふてぶてしい態度で前髪を掻き上げる三成殿に、私の胸はジ〜ンと響いてくるような切ない締め付けを感じていた。

前回も確か似たような感じだったという記憶があるのだが、何だかんだで私は毎回のように自分の悩み事がある度に、彼の助けを借りていたような気がするのだ。

「ただし幸村。この俺が忙しい業務の合間をぬってわざわざ聞いてやる話なんだからな。万が一下らない内容だったとしたら…その辺は覚悟しておけよ」

ギロリと私を睨む三成殿の眼光が、悪魔のように残酷で冷たい輝きに満ちている。

(……話さない方がいいのかも……)


内心少しだけ考え直した私だが、それでもこのままの気持ちではまともに戦場に立つ事すらままならないと思い、彼に悩みを打ち明ける事にした。





「………。」
「ど、どうしたんですか、三成殿。急に黙り込んじゃって…。今の私の話、ちゃんと真面目に最後まで聞いていてくれたんですか?」

最初は頷きながら私の話を聞いてくれていた三成殿が、途中からあからさまに無反応になって完全に黙り込んでいる。

私を見る彼の目付きには私に対する呆れの感情が見て取れて、何と返事をすればいいのかほとほと考え込んでいるとでも言うような物だった。

「下らなさすぎて話にならんな。幸村、お前そんな程度の事で一々死にそうな顔になっていたのか?」
「そ、そんな程度の事って……」
「今時いい年こいて風俗に一度も行った事がない男の方が、俺は男としてよっぽど気持ちが悪いと思うがな。大体お前が左近に連れられてピンサロに行った事自体、黙っていれば誰にも分からない事ではないか」
「黙っているって…自分の愛する人に、内緒にしているって事ですか?そ、それって『裏切り行為』とかになるんじゃないですか?」

あっさりと切り捨てる三成殿の言葉を聞いて、私は咄嗟にムキになって言い返した。

そりゃ私だってこんな事を名無し殿に知られてしまうのは本意ではないが、それでも自らが犯した行為を黙っているのは彼女に対して悪い事だと思ったからだ。

「ほほぅ…。黙っているのは裏切り行為ときたか。ならば幸村、俺がお前にこの世の『真理』について教えてやろう」

ニヤリと笑った三成殿の口元は、見るからに『悪い男』のオーラに満ちている。

挑戦的な彼の眼差しは、何とも言えない程に、黒く神秘的な眼光を放っていた。

「本当に好きな相手の事ならば、それが例えどれ程深く激しく傷つく事だとしても『本当の事』が知りたいか?それとも本当に好きな相手の『真実』を知って自分が深く激しく傷つくのであれば、いっそ死ぬまで自分の事を騙し続けてくれる方がマシだと思うか?」
「……!」
「さあ、幸村。お前ならこの二つの内どちらを選ぶ?」
「に、二択…ですか…」
「この問い、答えてみろ」

これが男と女の間にある永遠のテーマだ、と言って三成殿は悪魔のように妖しく美しい微笑みを浮かべた。

彼に突然振られた問いの内容が難解過ぎて、私にはその場で即座に答える事が出来ない。


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