戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「では…では…訂正しますっ。皆ではなくて、『大多数の意見』にしますっ。それならば、三成様も私の伝えようとしている事が、分かって頂けるのではないですか!?」
「ふ…。『大多数』?」

涙混じりに声を発した彼女を冷酷な眼差しで見下ろしながら、三成殿はクスリと笑う。

「話にならんな」

その微笑みには若干嘲笑混じりとでも言うような、軽蔑の色が含まれている。

「大勢の人間の言う事は、貴様は何でも正しいと思うのか?単純馬鹿だな。では、世の中の大多数の人間が『盗みを働くのは良い事だ』と言ったら貴様もそう思うのか。大多数の人間が『人殺しは最高だ』と言えば、貴様は簡単に人を殺すのか?」
「そ、それは…」
「数の多い物が正しいというのは、一番分かりやすくて危険な価値観だ。戦争も然りだし、もっと身近な所でいけば『いじめ』だってそうだろう」
「……あ……」
「いじめにおいて、大多数の人間達は自分が巻き込まれるのが嫌だから、一緒になっていじめるか、自分は見て見ぬ振りをする。いじめを止めさせようとする人間もいるだろうが、そういうのはごく少数だ」

そこまで一息に言い切ると、三成殿は話疲れたとでも言うかの如く、ふうっと深い溜息をついた。

「……貴様のような人間はきっと、その現場に居ても何もしない。『可哀相だけど、私達には何も出来ないわよね。だってああいう現場を見たとしても、《普通》は助ける事なんか出来ないわよねえ』と。自分の勇気が足りないのではなく、『皆』そうだと言い訳するんだろう?」

まるで実際に見てきたかのような口振りで、三成殿が女官の顔をジロリと睨む。

「だから、私達は別に悪くない。間違った事なんてしていない。そうやって自分達の行為をいつも都合良く正当化するんだろう。違うのか?」
「う…っ…。そ、それは…違…」
「───都合のいい時だけ『皆そうだ』『普通はそうだ』なんて言いだすような人間が、俺に向かって偉そうな説教をたれないで欲しいものだ」

全てを見通しているかのような三成殿の口振りに、まるで図星を突かれたとでもいうかの如く女官の顔が真っ赤に染まる。

ブルブルと震えている彼女からは、そんな事は一度足りとも周囲の人間から言われた事なんかない、そんな屈辱を受けた事がないというような様子が全身から滲み出されていた。

「それと、もう一つ。最後にトドメの言葉を貴様にくれてやる。貴様のような人間達は、どうやら『人を愛する事は素晴らしい教』という新興宗教の熱心な信者らしいな」
「……。」
「そんな信念を唱えている人間が、どうして他人の人生を『悲しい人生』だなんて簡単に言う事が出来るんだ?」
「…?えっ…。それは一体どういう意味ですか?三成様。だってそれは悪い事ではないと思いますし、私は別に間違った事は、一言も……」

彼の言っている言葉の真意が全く分からないというように、彼女が可愛らしく首を傾けている。

目をぱちくりと見開いて、白黒させている彼女の仕草を眺めながら、三成殿が冷たい声で彼女に告げた。

「自分の信じている生き方を『淋しい人生ですね』なんて他人に馬鹿にされた人間の気持ちを、貴様は考えてみた事があるのか。自分の価値観を安易に他人によって否定された人間の心が、どれだけ傷ついているのかと言う事を、貴様は想像してみた事があるか?」
「……!」
「自分が選んだ生き方を他人に否定されても、貴様は何も傷つかないのか?」
「……それは……多分……傷つきます。傷つくと、思いますけど……。でも私の言ってる事って、そんなに『悪い』事ですか!?み…三成様のような考え方をお持ちの方を、傷つけるようなつもりは無かったんです。私には、悪気は全く無かったんです…悪い事なんて…一つも…!!」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、女官が一生懸命言い返す。

『悪気は無かった』と何度も繰り返す彼女に向けて、三成殿は何とも冷ややかな視線を送っていた。

「……俺のように愛を信じない人間が冷たい言葉を吐いて他人を傷つけてしまうと言うならいざ知らず、何故貴様のような『愛を知っている』はずの人間達が、平気で無神経な台詞が吐ける。自分達の生き方を否定されたら傷つくクセに。もし自分が同じ事をされたとしたら、ムキになって反論するクセに」

彼女を見据える三成殿の氷のような瞳には、一切の慈悲の心すら感じられない。

「なのに何で、自分達は何を言っても良くて、違う生き方を選んだ他人の事は簡単に否定出来るのだ。『可哀相な人生』だなんて、他人の心を傷つける事が何の考えも無しに言えるんだ?」
「う…ぇっ…。三成様…違うんです…私は…私が言いたかった事は……」
「ああ、言い忘れたが、どんなに自分にとって都合が悪い事を言われたとしても『私は、私は』なんて言い出すのはやめてくれ。感傷的になられても、こっちはまともな話一つ出来やしない。世の中必ずしも自分一人の理屈ばかりが通る訳ではないと言う事くらい、いい年になれば分かるよな?」

泣いている女官に何ら構う事も無く、三成殿がきっぱりと言い捨てる。

その様子を横目で見ながら、私はぼんやりと彼の言葉に聞き耳を立てていた。


(相変わらず情け容赦の無い事を言いますね。三成殿……)


彼とだけは絶対に口喧嘩をするのはやめよう、と私は内心固い決意を秘める事にした。


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