戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




(……とか何とかいうのが先日三成殿が言っていた『男の本音』だったような気がするな)

さらには、話の最後に

『そしてその理性と言う物は、《本能》という強烈な衝動の前に、いとも容易く崩壊する』

と、彼が語っていたような記憶があった。

何だか身も蓋も無いと言うか、救い様のない話だな。

正直を言うと、『心と体は別物なのだ』という辺りからは全て三成殿の意見なので、後半部分の話と言えば、私の意見は全く入っていないのだが…。

他人の話が自らの思考とごちゃ混ぜになってきたという事は、もはや自分自身の頭では何も考える事が出来なくなっているといういい証拠だと思う。


ああ、名無し殿。


貴女という女性がいるにも関わらず、この幸村は何という不誠実な男なのでしょう。


プロの女性のテクニックを相手に、逆らうなど到底出来やしないというのは分かっている事なのだが、それでも素直過ぎる反応を示す己の下半身が憎らしい。

こんな私の行いを知ったら、名無し殿は私の事を一体何と思われる事だろう?

やはり男の浮気に厳しい反応を見せる世の大半の女性達のように、軽蔑街道まっしぐらだろうか。

「うう…。名無し殿ぉっ……」

気が付いた時には、私は今にも泣きだしそうな顔をして、体操座りをしながら一人丸くなっていた。

鼻を真っ赤にしてグズグズと半べそをかいている私の事を、女官達が何事かという心配そうな顔をして、遠巻きに見守っている。

重苦しい私の雰囲気を見ていると、皆迂闊に声をかける事すら躊躇しているに違いない。

この話をもし名無し殿に知られてしまったとしたら、彼女は私の事を嫌いになってしまうのではないだろうか。


「名無し殿。きっと私は自分で思っているよりも不実な男だったのですね……」



半ば自暴自棄になったような口調で溜息混じりに呟いていると、私の口から漏れる吐息が冷たい空気に触れて微かに白い色を帯びていく。

さすがに一月の外気は寒い。


「だから、この話はもう終わりだと言っている。貴様の下らない話はいい加減聞き飽きたのだ」
「三成様、お待ち下さいっ。どうかお願いですから、私の話を最後まで聞いて下さいませ…!」
「何度も言っているように、俺は元々愛だの恋だのという馬鹿げた世迷い事には全く興味がないし、信じてもいない。何と言われようが俺は貴様の事が好きじゃないし、想いに応えてやるような気持ちも無い。これだけはっきりと言い聞かせてやれば満足か?」
「そんな…、何という冷たいお言葉をおっしゃるのです。そんな事を言われるのは間違っていると思うのです、三成様!!」

苛立たしげな男の声が、廊下の奥の方から聞こえてくる。

問い詰めるような詰問口調で縋りついている女官の声を遮るようにして、こちらに近づいてくるのは豊臣軍きっての優秀な軍師である三成殿だ。

話の内容から推察するに、どうやら彼にとっては全く気の無い女官にまたしても熱烈な愛を囁かれているようだった。

エリート軍師としての類い稀なる優秀な頭脳の持ち主で有りながら、それに輪をかけるように端整な顔立ちをしている三成殿は、この城内における女達にとっての憧れであり、高嶺の花的な存在だ。

その美貌は優しげな物だと言うよりは、氷の如く冷たい印象を受けるような、どちらかと言えば近寄り難い雰囲気すら漂よっている。

「俺の考え方が間違っているだと?ほう…。随分と物を知った風な、生意気な口を聞く女だな」

必死で彼の後を追う女官の言葉を聞いて、彼の瞳が狐目のようにギラリと光る。

「他人にああだこうだと偉そうに説教をたれるという事は、そんな貴様はさぞかし今までの人生の中で一度も間違った事をした事が無い、微塵の落ち度も無いような、ご立派な人間だという自信があるのだろうな?」
「…っ、ち、違います。そんな事はないですが…。でも、私は三成様の事が好きなんです。自分の好きな方の力になって差し上げたい、支えて差し上げたいと思う事は、ごく『普通』の事ではないのですか?」
「ふん。貴様がそれを『普通』の事だと勝手に思い込んでいるのは構わんが。世の中の人間が全て貴様と同じ考え方をする人間ばかりだという訳ではない。俺にとってはむしろ迷惑行為そのものだ。さっさと帰れ!」

完全なる現実主義者の三成殿は、愛だの友情だのという形のない物は一切信用していないという、必要以上の人間同士の馴れ合いを良しとしない、確固たる信念の持ち主だ。

そんな彼にしてみれば、彼の事が好きだといって自分からベタベタまとわりついてくるような女など、余計に眼中にないと言った感じだろう。

しかしそれでも、そんな彼の他人を寄せ付けないようなクールな雰囲気に魅せられて、より一層彼に対して心酔してしまう女性も多い。

「私は、本当に三成様の事を愛しているのです。だからこそ、三成様に『愛なんて一切信じない』だなんて、そんな淋しい事を言って欲しくないのです。私の愛で、三成様の冷えた心を暖めて差し上げたいのです……」

私から見れば可愛らしいと思える女官の台詞と態度。

だが、私の予想が間違っていなければ、三成殿は多分心底汚らわしそうな顔をして、眉間に皺を寄せる事だろう。

「…俺の言葉が?『淋しい』と?」
「ええ。だって、そんなの絶対におかしいと思うんです。人を愛する事が出来ないなんて、それで三成様はいいと思っていらっしゃるのかも知れませんが、でもそれってとても『悲しい事』ではありませんか?」
「……。」

彼の衣服の袖を掴み、すがり付くようにして熱心に女官が聞いている。

すると三成殿は、未だ幼さの残る愛くるしい顔立ちをしたその女官を、どこか冷めたような表情でじっと見下ろしていた。


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