戦国 | ナノ


戦国 
【Snow】
 




「明けましておめでとうございます。昨年は本当にお世話になりまして…」
「あら!こちらこそ、一年間お世話になりました。今年もどうかよろしくお願い致します」


城の廊下のあちらこちらで、女官達がお互いに朗らかな笑顔を浮かべて、新年の挨拶を思い思いに述べている。

もうとっくに年明けの三ヶ日は過ぎてしまっているにも関わらず、やはりそれでも一月一杯は、十分正月気分で盛り上がっている人間達は沢山いるのではないだろうか。

未だ新年のおめでたいムードも醒めやらぬ気配が漂っている、ある日の正午。

周囲の人間達は皆お祭り気分で和気あいあいと楽しんでいる中で、私だけが何とも言えない暗い気分でここ2、3日を過ごしていた。




その日の私は、ただ一人城の縁側で膝を抱えて丸くなり、所在なさげにポツリとしゃがみ込んでいた。

「……はぁ……」

己の口から自然と漏れてくるのは、重苦しくも切ない色に染まった溜息ばかり。

この様子を第三者が遠くから見ていたとすれば、今の私の姿はどう見ても一国の武将だとは思えない事だろう。

いかにもごくごく平凡な、悩める顔をした一人の男、と勘違いされてもおかしくはない程だ。

世間一般のイメージでは、戦国武将として当然必要とされるような一切の威厳や覇気すらも、全く感じられてはこない。

「………。」

ついに溜息すら尽きてしまい、私はただただ無言のままで縁側の隅っ子にじっと蹲っていた。

雲一つない快晴の空からはサンサンと太陽の光が降り注ぎ、地表で暮らす全ての生ける者達を祝福しているかの如く照らしている。

そんな天気も良くて縁起も良さそうな真っ昼間の平日を、私はこの世の終わりのような顔をして、ただひたすら時間を無駄に消費していた。



私を悩ませている原因は、実は数日前に犯した自分自身の行動にある。




「でっ…、ですから、左近殿。私には好きな女性がいるからと、さっきから再三お断わりしているじゃないですかっ!!」
「はぁ−!?何馬鹿な事を言ってるんですか、幸村殿。男がそんな細かい事をいちいち気にしてたらいけませんよ!!」
「だっ、だって、こういうのは立派な裏切り行為じゃないですか。私には出来ませんっ!!」

私と左近殿が正月早々揉めていたのは、何を隠そう、年明けで賑わう花街の一角であった。

去年一年間の私の武勲を労うという名目で、左近殿が

『このめでたい正月祝いも兼ねまして、俺が幸村殿にパーッと景気付けをかましてあげましょう。勿論、全部俺の奢りですぜ!!』

とか何とか言って、嫌がる私の手を掴んで強引に引っ張ると、花街までズルズルと引きずって行ったのだ。

最近新しく出来たばかりだというピンサロの前まで連れて来られた段階で、私と左近殿は互いに全く要領を得ない押し問答を店の入り口付近で延々とし続けていた。

当然の事ながら、こんな花街に来るような男達は、皆やる気満々の男達ばかりである。

まだ開店前だというにも関わらず、新装開店のピンクサロン店の前には長蛇の列が出来ていた。

メニュー説明と料金案内を読みながら時間を潰す者、一緒に来た仲間の男と談笑しながら開店までの時間を潰す者。

皆、実直そうな顔をして、店が開くのを今か今かと待っている。

そんな中、店の真前で『入りたくない』と駄々をこねている私の姿を見た者は、きっと全員『今更何を言っているんだろう』『コイツは何をしにこの花街へ来たのだろう?』と、内心訝しんでいる事だろう。

そんな事は私自身も十分過ぎる程に理解出来ていて、こんな花街のど真ん中で騒ぎ立てている自分の姿が泣きたくなる程に恥ずかしかった。

「ちょっ…、左近殿。本当に困るんですよ。私にはちゃんとした恋人が…」

必死の思いで彼の手を振りほどこうとしている私の顔を、周囲の通行人達が白けた眼差しで見つめている。

毎日のように何百人、何千人という女達の体とセックスが金で売り買いされているこの場所で、こんな台詞を吐いて自分だけは『誠実な人間』のフリを演じようとする男の姿は酷く滑稽な物に違いない。

「貴方の言っている言葉の意味が、俺には全くピンと来ませんねぇ、幸村殿。好きな女がいるからって、どうして風俗に行くのがダメなんです?所詮、相手はプロの女じゃないですか。素人の女に手を出したとかならいざ知らず、こっちは金で割り切った関係なんですよ。こんな物、浮気でも何でもないじゃないですか?」
「それは…その…。左近殿の言っている事は分かりますが、それでも私は嫌なんですよ。いくら割り切った関係だとしても、彼女以外の女性を抱くのは……」
「別にピンサロはソープと違って本番行為じゃないから、幸村殿の恋人も許してくれるに決まってますよ。まっ、俺から言わせて貰えれば、そんな程度の事でごちゃごちゃ文句を言うような器の小さな女はですねえ……」

何だかんだと不毛な言い合いをしている内に、いつの間にやら店が開店時間を迎えていた。

正面入り口の扉が店の男達によって内側から開けられて、外にいた客達が待ちきれない様子でドドッと店内に傾れ込んでいく。


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