異次元 | ナノ


異次元 
【有毒男子】
 




「私としてはベッドの上で挑発的なポーズをとっている全裸の女性を前にしているよりも、こうやって名無しと会話の応酬をしている時の方がよっぽど燃えるね。……身も心も火照ってくるよ」

それだけで、結構股間がヤバイ状況になってくるほどに。

締めの言葉はあえて告げずに胸中に隠し、秘めた思いを郭嘉は目で訴える。

「その…、郭嘉……。私の事褒めてくれているのだとしたらとっても嬉しいけど、例えの出し方というか……郭嘉の台詞って毎回いやらしい意味に聞こえるのが微妙な所で……」

郭嘉の言葉を受けた名無しはほんのり頬を染め、モゴモゴと口を動かしながら恥ずかしそうに目を反らす。

熱視線に混ぜた郭嘉の無言のお誘い≠ヘ、名無しにもちゃんと届いている模様。

そんな名無しの反応に『手応え有り』と感じたのか、郭嘉はさらに攻撃を仕掛ける。

「いやいや。私は至って真面目なつもりだよ。何でもない台詞までそういう風に聞こえるっていう事は、むしろそう感じる名無しの方がいやらしい子なんじゃないのかな?」

思わせぶりな台詞を自分から吐いておきながら、名無しのせいにするこの仕打ち。

白を黒と言いくるめるのは、郭嘉のような軍師にとってはお手の物だ。

「本当は名無しがそれ≠望んでいるんだろう?」
「その手には乗りません」

自分に有利な展開に話を持って行こうとする郭嘉の企みに気付き、即座に名無しが否定する。

「聞き手の問題を遙かに超越して、郭嘉は存在自体がいやらしいんですっ」

リンゴのように真っ赤な顔をして、名無しが言い返す。

「ははっ。相変わらず手厳しいね。褒め言葉として受け取るべきかな?それは」

郭嘉の言葉に確かな反応を示しつつも、罠にかかってたまるかと言わんばかりに抵抗を続ける名無しの姿がいじらしく感じられ、郭嘉の顔から満足げな笑みが零れる。


ああ…、たまらないな。この反応。この表情。


相手が堕ちるか、堕ちないか。

敗北するか、勝利を得るか、それとも現状維持という形でひとまず様子を見るか。

どうやって相手をこちらの思惑通りに操るか、どういう形で型に嵌めるか策を練っている時が、戦争でも恋愛でも一番スリルがあって面白い。

簡単には誘いに乗ってこない相手には、大いにチャレンジ精神をくすぐられる。


瀬戸際でのギリギリの攻防。これこそが最高の駆け引きだ。


「あなたをもっと知りたいよ」

普段よりもグッと低く、糖度も増した郭嘉の声。

郭嘉は名無しの顔に腕を伸ばすと、大きな掌で彼女の頬をそっと優しく撫でた。

「……どういう意味で?」

それは職場の同僚として?友人として?それとも異性としてなのか?と。

そう疑問に思い、真面目な顔で郭嘉の瞳をじっと食い入るように見上げる名無しを、眩しそうに郭嘉が見つめる。


「────もっと罪深く……」


郭嘉の美しい顔が、ゆっくりと名無しに近付いてくる。

郭嘉は顔の向きを微妙に変え、互いの唇がピッタリと重なり合えるような角度に調整すると、慣れた手付きで名無しに口づけをする。


……という直前。


シュッ。

「!!」

郭嘉の唇が名無しの唇にあと少しで重なるかどうかという絶妙なタイミングで、一枚の黒い羽が郭嘉達の足下に飛んできた。

カッ。

まるで矢のようにして勢い良く放たれた黒い羽は鋭い音を立てて、郭嘉と名無しの間の床に突き刺さる。

「失礼。手が滑った」

少し離れた位置から、明朗と響く男性の声。

その声の正体に気付き、名無しの心臓がドキンッと跳ねた。

「手が滑った?いやらしいなあ。わざとでしょう?」

溜息混じりにそう言って腰をかがめ、郭嘉が床に刺さった黒い羽を掴んでグッと引き抜く。

郭嘉は自分の顔の前に羽を持ってくると、『何かな?これは?』と言わんばかりにわざとらしくヒラヒラと動かした。

「あーあ、勿体ない。この為にわざわざ抜いたとか?」

声のした方を振り向いて、郭嘉が告げる。

「さっき自然に抜け落ちたやつだ。安心しろ」

郭嘉の視線の先に立つ人物は、至極冷静な声で返事を述べながら黒羽扇で優雅に顔を仰いでいる。

そこにいたのは、司馬懿だった。

郭嘉同様曹操の元で魏の武将として働き、類い希な頭脳と高い教養を兼ね備え、キレのある戦略を得意とする名軍師。

そしてこの男性もまた、優れているのは知性だけではない。郭嘉に負けず劣らずの相当な美男子である。

高い鼻梁に綺麗に弧を描く形の良い眉、切れ長の瞳といった整ったパーツが揃う顔は職人達が丹精込めて作り上げた人形のように美しい。

名無し達を見つめる彼の口元には妖しげなアルカイックスマイルが浮かんでいて、魔性の生き物のようにミステリアスな色気を漂わせる超絶美形だ。


「いたのか、種馬」
「そちらこそ、鬼畜調教師殿」


ピシイッ。


遠慮のない口調で司馬懿と郭嘉がハッキリキッパリ言った途端、室内の空間に目に見えない大きな亀裂が入った気がした。

ただでさえ寒い12月の空気が、真冬の北極海にでも投げ出されたように一瞬にして冷え込みが増す。

その場にいる名無しの全身が、骨の髄までヒヤリと凍えるような冷たさである。

「さっきお前の部屋の前を通ったら姿が見えなかったので出掛けているのかと思ったが、こんな所で油を売っていたのか。呑気なものだ」

司馬懿は呆れたように美麗な顔を歪め、郭嘉に言い放つ。


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