異次元 | ナノ


異次元 
【有毒男子】
 




「だって…、見た目の雰囲気は違うけど、郭嘉は曹丕や仲達と同じ目をしてる」

仲達も郭嘉も軍師だから、きっと職業的な面が強いんじゃないかと思うけど。

ポツリと呟き、名無しがそっと目を伏せる。

見るからにドSでございます、と言わんばかりの曹丕や司馬懿に比べ、常に柔和で穏やかな笑みを絶やさない郭嘉は対照的な男性のように思えなくもない。

だが、何と言っても郭嘉は軍師。

優しい笑顔の裏側に、氷のように冴えた頭脳と冷徹な心も隠し持っている。

常に他人を観察する。他人の言葉を鵜呑みにしない。人の心に探りを入れる。発言の裏側に隠された意図を読む。

そういった事を常日頃から行い、人間の美しい面だけでなく醜い面もイヤと言う程目にしている人間は、次第に恋愛や異性といった存在にも夢や幻想を抱かなくなっていく。

愛してる。あなたさえいれば幸せ。他の男には興味がないの、といくら女性が毎日のように誓いの言葉を述べても、簡単には信用しない。

徹底した合理主義で現実主義、高潔な理論家である事。それが曹丕達と郭嘉の共通点ではないか、と名無しは思うのだ。

女性の好みに対しても、普通の男とは異なり独特。

世の多くの男性にとって女性の年齢や見た目、資産は恋人や愛人、妻を選ぶ時の大きなポイントとなり得るが、曹丕や司馬懿にとってそんな物は大した魅力にもならず、『だから何?』と返されて終わり。

若くて可愛い。スタイルが良い。家柄がいい。連れて歩いたらみんなに自慢できる。

そんな単純な理由だけ≠ナはダメなのだ、彼らのような男は。

そう思うと、曹丕や司馬懿との類似点があると感じる郭嘉もきっと難しい男性ではなかろうか。

双方にメリットがある政略結婚なら話は別だが、自由競争の世界で彼らのような男性に選んで貰おうとするならば、まるで針の穴のような狭き門だと思われる。

表向きは『女性なら誰でも歓迎』ですよ、と見せかけて。

博愛主義と見せかけて、実は物凄く女性に対して求める条件が厳しくて、ストライクゾーンが狭く、かつ、信頼を得る事も困難。郭嘉はそんな男性の気がするのだ。


だからきっと、心の奥底では─────私の事も。


「長年の付き合いだと言うならまだしも、郭嘉と私はまだ知り合って間もないからお互いの事もよく知らないし……」

目の前にいる郭嘉だけでなく、己自身にも言い聞かせるような口ぶりで、名無しがゆっくりと言葉を紡ぐ。

「だったら尚更、そんな情報不足の相手に対して郭嘉みたいな男性が簡単に心を許してくれるはずがないよ。……そうでしょう?」

ゆらゆらと揺れる瞳が、郭嘉を見る。

どこまでも穏やかな声で、穏やかな口調で。

でも決してあなたの思い通りにはなりませんよ、騙されませんよという確固たる意思を、言外に滲ませながら。

「興味深い意見だね」

名無しを正面から見つめたまま、郭嘉がニッと笑う。

しかし、彼の口元は笑っていても、冷静な眼差しで名無しを射抜く彼の瞳は笑っていない。

「あなたのように頭のいい女性は好きだよ。会話をしていて楽しいからね」
「えっ…、とんでもない!じゃあ私はますますダメって話になるよ。私がこの城に来てからもう4年以上経つけど、その間に曹丕と仲達からはきっと200回以上は馬鹿馬鹿馬鹿って言われているし」
「おや…。あなたみたいな女性にまでそんな言い方をするなんて、あの人達の厳しさは相当だね。まあ、お二人の性格からすれば想像が付くと言えば想像が付くけど」
「そうなんです。なので私は全然頭なんて良くないし、郭嘉にそんな風に言って貰えるほどの人間でもありません。私の事を知れば知るほど、郭嘉の好みからは一層外れていっちゃうって事。ふふっ!」

名無しが、優しそうな目を細めてニッコリと笑って郭嘉に言うと、先程まで作られた笑みを浮かべていた郭嘉の口元も自然と本来の笑みに綻んでしまう。

魏城に来てからこの4年あまりというもの、皆一様に優秀ではあるが一癖も二癖もある人物揃いの魏の武将達に揉まれに揉まれまくった名無しは着実に鍛えられ、事務能力の向上だけでなく執務に必要な思慮深さと芯の強さを会得していった。

普通の人間は高い地位を与えられ、多くの人間にかしずかれるような環境に慣れてしまうと、謙虚さや優しさを忘れて我が儘で傲慢な性格になってしまう事が多いが、名無しは違う。

ここの生活にも慣れ、今の立場にも慣れつつも、初めてこの魏城の扉を叩いた時の純粋で前向きな心を失っていない。

そんな彼女だからこそ国王である曹操、そしてあの苛烈な性格で有名な曹丕や司馬懿といった男達が名無しには目をかけ、可愛がっているのだろうと郭嘉は思った。

「……いいなあ、こういうの。打てば響く」

郭嘉が独り言のようにポツリと漏らす。

名無しに対する好奇心、興味、興奮、感動、征服欲、支配欲、悪戯心、下心、etc.

楽しそうに笑う彼女を見ていると、郭嘉の心の奥底に自分でも制御出来ないくらいに様々な感情が生まれてくる。

「ボールを投げるとちゃんと受け止めてくれる上に、こちらが望む的確なコースで投げ返してくれる正確さ。尚かつ、たまに変化球も混ぜてくれる意外さ。キャッチボール以外の遊びもしたくなって、欲を出した男が手を伸ばせばするりとかわされる軽やかさ。絶妙なバランスだな。ドキドキするよ」

郭嘉は僅かに眉根を寄せ、湧き上がる衝動を懸命に理性で抑え込もうとするような、そんな自分に困っているような微苦笑を浮かべた。

そんな郭嘉の表情の、何とも言えず凛々しくて、男らしい色気に満ちている事か。

(な…なんて甘ったるい表情っ。魏国一のプレイボーイという称号に恥じぬ鉄壁のタラシ!!)

滅多に見られない郭嘉の困り顔を目の前にして、その妖しさに名無しはまたしても彼に洗脳されそうになる。

(ダメダメダメっ。この顔に騙されちゃダメ。甘い言葉に惑わされちゃダメっ!)

しかし、名無しは必死で否定の言葉を呪文のように唱えつつ、郭嘉のフェロモン光線に対して徹底抗戦し続ける。


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