異次元 | ナノ


異次元 
【有毒男子】
 




そんな郭嘉に誘われたら二つ返事でフラフラとついて行ってしまう女性はこの魏城に大勢いるというのに、この時期の郭嘉は普段以上にタチが悪い。

あなたはなんて美しい…。どうかな?もうすぐクリスマスだし、良かったら私と食事でも
肌寒い聖夜、私と二人で互いの体温を分け合わないか?

物憂げな瞳で、甘ったるい声で、この台詞をあちこちで振りまく為、それを本気にした女達の間で熾烈な郭嘉争奪戦が繰り広げられる事となる。

『私が郭嘉様に誘われたのよ!』
『はぁ!?何言ってるのよ。郭嘉様があなたみたいな女を本気で誘う訳がないでしょう?社交辞令も分からないのかしらっ』
『郭嘉様に選ばれるのは私よ、私!邪魔しないで!!』
『なによ!あんたこそ!!』

名無しの女官達もその例に漏れず、一度休憩時間ともなるとお互いにクリスマスの件で牽制し合っていた。

軽い言い合いで済むならまだいいが、勢いが付きすぎて度々口喧嘩に発展していた事もあり、その度に名無しが仲裁に入っていたのだ。

自分付きの女官達の諍いを収めるのは主である名無しの役目。それ自体は別にいい。

しかし、その原因が郭嘉の無節操なナンパトークにあるというのなら、さすがの名無しにも次第にモヤモヤが募ってくる。

一度や二度ならそれほど気にしない事も、連日続くと堪えるものだ。


本当にもう、郭嘉ったら。


あのエロエロ大魔神っ!!


普段からすでにピンクオーラを発散させまくっているのに、この時期は『普段より多くフェロモンを垂れ流しております』とばかりにどれだけ城内を桃色旋風で包み込んだら気が済むのか。


実に女の敵!!許すまじ!!!!


……と、名無しの体内で知らず知らずの内に積もりまくっていた鬱憤が、今日郭嘉の口からクリスマスという言葉が出たのをきっかけに爆発したのだ。

「私だって人の恋路を邪魔する事はしたくないし、本当ならこんな事は言いたくないよ」

言葉通り申し訳なさそうな色を滲ませ、名無しが小さな溜息を漏らす。

「でも郭嘉。何事だって限度があるでしょう?プレイボーイは女性を口説くのが仕事だとは思うけど、罪もない人達の心を弄ぶのはやめて欲しいの」

名無しは、サラサラッとした金髪の甘いマスクを見上げて言い募る。

「どれだけ期待に胸を膨らませても、結局幸せな気持ちになれるのは郭嘉に選ばれたただ一人の女性だけで、その他の女性達はみんな郭嘉と過ごせなかった哀しみに涙を流す羽目になるんだから。郭嘉の事を本気で愛していればいるほど、望みが叶わないのはとても辛い事なの。お願い郭嘉……ねっ?」

頭ごなしに責めるのではなく、強制するのでもなく、やんわりとした口調で郭嘉に告げられる名無しの『お願い』。

小首を傾げながら上目遣いに言う名無しの仕草がとても愛くるしくて、ゆらゆらと揺れる名無しの瞳が色っぽくて、郭嘉は思わず目を細めた。

曹操と武将達の連絡役としての役目も担っている名無しは主君である曹操の命令を『王の言葉』として他の者達に伝える事はあったが、自分の事で彼女が他人に命令を下す事は殆どない。

上の身分の者に対してはもちろんの事、同僚や配下の女官、兵士達と話す時も同じ。

彼女の場合、あくまでも自分の希望は相手の意思を尊重した上で返事を尋ねる『お願い』なのだ。

上から目線で一方的に告げられる要求には反発を覚える事も少なくないが、相手を立てながら緩やかに請われる名無しのお願いは、郭嘉の心に心地良く響く。

「望みが叶わないのはとても辛い事、ねえ」

含みを持たせた笑みを浮かべ、郭嘉が意味深に声を潜める。

「その理屈で言うなら私だって同じ事だよ。好きな女性が全然私の事を相手にしてくれないから、この哀しみから逃れたくてつい他の女性にも声をかけてしまうんだ」
「えっ。郭嘉の好きな女性!?へえ〜、郭嘉にもそんな女の人がいたんだ。初耳…!」

突然放たれた郭嘉の爆弾発言に、名無しが驚いて目を見張る。

それが事実だとしても、だからといって女遊びをしまくっていいという免罪符にはならないのだが。

そう突っ込んでやりたい気持ちも多少はあるが、名無しはとりあえず男の話に乗ってみる。

「別に言いたくなければ無理には聞かないけど、もし教えてくれるなら私で良ければ協力するよ。私の知ってる人だと話がしやすいんだけど…この城にいるの?それとも違う場所?」

もし本当に郭嘉のナンパ師ぶりが本命と上手くいっていない事にあるというのなら、彼の恋が実れば恋人の手前多少はおとなしくなるかもしれないし、これ以上城の女性達が彼に振り回される事もなくなる……かもしれない。

そう思い、自分なりに色々と解決策を模索しようとしている名無しを見据え、郭嘉は口端を片方だけ上げてニヤリと笑った。


「鈍いなあ、名無し。これだけ熱心にアプローチしているのに、まだ私の気持ちに気が付いてくれないのかい?」


……。


……。


………はっ?


男の言う言葉の意味が即座に理解出来ず、名無しは露骨に眉を寄せる。

私の気持ちに?誰が?何が?

ええーっ?どういう事?

「本当は…もっと早くに打ち明けるつもりだった。でも…あなたがあまりにも可愛くて…私好みの女性すぎて…本人を目の前にして告白したらきっと冗談では済まされなくなってしまうと思ったから。本気で名無しの全てを私の物にしたくなってしまうと思ったから」
「……。」
「だから必死の思いで我慢して、今までずっとただの職場の同僚という立場に甘んじていたんだ。思いを打ち明けてしまった事で、あなたとの関係が壊れてしまうのが怖かったから……」
「……。」

予想もしていなかった展開に、名無しは言葉が返せなかった。

まさか、あの郭嘉が私に告白を?

えっ?えっ?嘘でしょう?


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