異次元 | ナノ


異次元 
【有毒男子】
 




「だから…、さっきから言っているじゃない!ああいう事はやめてちょうだい、郭嘉」
「どうして?」

季節はすでに師走に突入した、ある日の午後。

魏城の一角で、ある女性が真剣な面持ちで一人の男性に詰め寄っていた。

女性の名は名無し。魏の国王・曹操に仕え、司馬懿と共に内政に携わっている高位の文官である。

そしてここは彼女の部屋であり、彼女に質問されている男性の名は郭嘉。

曹操の信頼も厚く、あの曹操をしてわしの大業を成就させてくれるのはこの男をおいて他にいない≠ニいわしめる有能な天才軍師だ。

この日郭嘉は業務上の連絡事項を伝える為に名無しの部屋を訪れており、二人とも始めは仕事関係の話をしていた。

……が、ひょんな事から会話の内容が軽い世間話へと移り、郭嘉がクリスマスの話題を出した事から事件は起こった。



『しかし早いものでもう12月になったとはね。年末はやる事が多すぎて嫌になるよ』
『あ…!本当だ!一年が終わるのもあっという間だね。郭嘉に言われるまで全然感覚がなかったよ。月日が経つのって本当に早いなあ…』
『そういえば名無し、もう少ししたらクリスマスなんだけど…。ねえ名無し。前から聞こうと思っていたけれど、あなたはその周辺何か予定があるのかな?』
『え?私?普通に仕事だと思うよ。せっかくのクリスマスだし、本当は仕事が終わってから何か美味しい物でも食べに行きたいなと思っているんだけど……。でも年末調整があるし、残業しなきゃダメかなあって予感もあって………あ!!そういえば!!』

何かを思い出したかのように、名無しが突然大きな声を出す。


─────クリスマスといえば。


その単語に触発され、名無しは『あること』について郭嘉を問い質した。



「もう、郭嘉ったらまたそんな風にしてすっとぼけて。どうしてって…そんなの言わなくたって分かるでしょう?」

呆れた口調で言いながら、名無しは男の端整な顔を仰ぐ。

「ふふっ。そうかなあ?」

しかし、名無しに問われた郭嘉はどこ吹く風といった様子で、彼女の質問をのらりくらりとかわすのみ。

「名無しの事なら何だって分かる…と言いたい所だけど、世の中言わなきゃ分からない事だって沢山あるしね。私だって万能じゃないよ。どうして名無しはそんなにそれ≠ェ嫌なの?」

見る者の心をシロップ漬けにするような甘ったるい微笑みを浮かべ、郭嘉は優しい声で名無しに問う。

「それは……」

質問していたのは自分のはずが逆に郭嘉から尋ね返され、名無しはどう答えるべきかと戸惑った。

「郭嘉。……私の気持ち、分かるでしょう?」

一瞬の躊躇いの後、思い詰めたような声音で告げる名無しを前にして、郭嘉の眉が僅かに動く。

「だって……あんな光景、見ていて辛いもの。あなたが新しい女官に声をかけたって聞く度に、私は心臓がギュッて押し潰されそうになるの。胸が痛くて…キリキリして……」
「……そうなの?」
「だから郭嘉、私の女官を口説くのはもうやめて。お願いだから……」

困ったような、切ないような、様々な感情が複雑に絡み合っているような名無しの表情。

どこか悩ましい色を秘めた名無しの眼差しを正面から受け止めて、郭嘉は嬉しそうに『ふふっ』と笑う。

「まるで惚れた男の事を言っているような口ぶりだね。光栄だよ」
「ええー!?どこがっ!!」

満足げな口調で語る郭嘉とは対照的に、名無しの声には普段穏やかな彼女にしては珍しいトゲトゲしさが混じっている。

「ははっ、だってそれじゃヤキモチ焼いてるみたいに聞こえるじゃないか。私が他の女性を口説く所を見ると胸が痛くなるなんて可愛いなあ、名無しは〜」
「違います!…っていうか郭嘉、私の話をちゃんと最初から聞いてくれてた!?」
「もちろん。ちゃんと聞いているよ。名無しの声を私が聞き漏らすはずないだろう?あますところなく全部ね」
「だったらどうしてそんな発想になるのか余計に意味不明ですっ。私はね郭嘉、あなたのおかげで非常に迷惑を被っているの!!」
「どうして?」
「ううっ…、よくもまあぬけぬけと…!だーかーらーっ!!」

一向に要領を得ない郭嘉の返答に、名無しの語気が荒くなる。

名無しが今回郭嘉に物申したのは、彼の乱れた女関係に関する事だった。

名無しとて恋愛は自由だと思う。

郭嘉がどこで誰に声をかけていようが、誰と寝ていようが、誰と付き合って誰と別れようが名無しは別段興味はない。

仕事をさぼって女漁りにうつつを抜かしているとでもいうならまだしも、やるべき事はきっちりこなした上でプライベートでは羽を伸ばしているというのなら問題ない。

自分が郭嘉の恋人や妻であれば話は変わってくるが、ただの同僚というだけなら自分が彼の私生活に関して口を挟む権利などないというのが名無しの考え方だった。

しかし、そんな名無しですらつい郭嘉を責めずにはいられなかったのは、あまりにも郭嘉が節操なく城の女達を口説きすぎる事と、あろう事かその被害が名無しの女官達にまで及んでいた為だ。

普段から酒と女が大好きで、女性と見るとまるで息をするように自然体で次から次へと口説きまくる郭嘉だが、女達からの支持率は非常に高かった。

軍師としての高い評価に付け加え、彼の知名度をさらにUPさせる役割を果たしているのは端麗な彼の容姿。

太陽の光が当たると黄金のように輝くサラサラとした金髪に、すっと通った鼻梁。

形の良い眉に、物憂げな瞳。人間離れした高貴さと甘さを漂わせる頬骨から顎へと続く鋭角的なラインは、まるで彫刻のように整っている。

魏の国内外問わず、彼を一目見た人間達からギリシャ神話に出てくる神々の如き神々しさ≠ニ形容されるほどの超ハイレベルな美青年。

その類い希な頭脳、美貌、柔和な笑顔、聞く者をうっとりさせるような甘い声に一瞬で心を奪われてしまう女性は数知れず。それが郭嘉という男性だった。


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