異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




「そんな事急に言われても……わ、分からないよ……」

頭の中に大量の疑問符が飛び交うまま、素直な思いを名無しは述べる。

「総合的に判断してっていう事は、一人の人間として…って意味?それなら子元も子上もそれぞれいい所が沢山あるし、どちらも本当に素敵な人だと思う。どういう理由で聞かれているのか分からない限り、ううん…場合によっては理由を聞いた所でも私には簡単に即答出来ないよ。子元と子上の才能や能力、人格や人間性に対して何らかの形で優劣を付けるって事?そんな……」

悲しげに睫毛を伏せ、名無しが震える声で言葉を紡ぐ。

司馬師と司馬昭が一体何の話をしているのかは分からないが、名無しにとって二人は同僚である司馬懿の息子という事もあるし、どちらも同じくらいに大好きで大切な存在だ。

理由すら何も分からないまま、それを突然『どちらか選べ』と言われても無理すぎる。

急にこんな事を聞いてくるなんて一体どうしたんだろう。

彼らのような恵まれた男性達にも、名無しの知らない所で何か重い悩みでもあるのだろうか?

「選べない、という事か」

確認するために向けられた司馬師の瞳が、ファイナルアンサー?≠ニ名無しに念を押す。

困惑気味の表情を浮かべたままコクリと頷く名無しの姿に、司馬師が小さく嘆息する。

「では仕方ない。やはり二人体制でいくしかないようだ、昭」
「ちぇ〜っ。しょうがねえなー、名無しの馬鹿っ。なんで俺って言わねえの!?結局兄上も入れて3人プレイでいくしかない訳?もう〜」

兄の言葉に、弟の口から露骨に不満げな声が漏れる。

その様子を目に留めた名無しの肌が、何とも言えない不快な信号でザワリと粟立つ。


3人プレイ……?


なにそれ。


(なんだかおかしい)


プチッ。プチッ。

司馬師の長い指先が彼の胸元に伸び、ゆっくりと留め具を外してく。

いつの間にか名無しを拘束する司馬昭の腕にはより強い力がこもり、決して逃がさないとでも言わんばかりにガッシリと彼女の体をホールドする。


なんなの。なんなのこれは。


なんで子元が私の部屋で服を脱ぎ出すの?なんで子上は私の事をずっと抱き締めたままで一向に離してくれないの?


分からない。分からない。


でも、確実に何かがおかしい。


「あの……。な、にを……しようとしてるの……?」
「なにって…服を脱ごうとしている兄上の姿を見ればすぐに分かるじゃん」


────セックスだよ。名無し。


ギュッと強い力で名無しを抱き締め、彼女のうなじにフウッ…と息を吹きかけるようにして司馬昭が答えた。

その感覚にブルルッと肩を震わせ、まるで信じられないモノを見るような目付きで自分を凝視する名無しを見据え、司馬師が形の良い口元に薄い笑みを浮かべる。

「面白い女だ。私や昭に抱いて貰えると知って涙を流して狂喜する女達は大勢見てきたが……。そんなに怯えた顔をされたのは初めてだ」

司馬師は面白そうに言うと、値踏みするような目付きを名無しの全身に注ぐ。

「まさかとは思うが…お前はセックス…した事がないのか?」

確認の意味を込めつつも、からかうように投げかけられた司馬師の問いに、羞恥心から名無しの頬がカァァ…と赤く染まる。

全身ゆでダコのように真っ赤になった名無しを見て、司馬師は思わずプッと吹き出した。

「これは笑える反応だな。魏の軍という男社会で散々揉まれてきたはずだと思うが、意外と清らかな生活を送っているのか?」
「なっ…!べ…別に関係ないじゃないっ。私の私生活なんかどうだっていいでしょう?それよりも早くやめてっ、子元。お願い子上。腕を離して…!!」

普段は穏やかで優しい目を吊り上げ、名無しが無理に険しい顔を作る。

だが、普通の一般兵士ならいざ知らず、司馬師や司馬昭といった男達が彼女の命令に従うはずなどない。

「二人共、いい加減にもうやめなさいっ。こんな事をして…本当に平気だとでも思っているの!?」

声を張り上げて名無しが必死に行為の中断を訴えても、司馬師と司馬昭はそんな彼女の反応が面白くてたまらないといった風にクスクスと笑うばかり。

あなた達。こんな事をして、本気で大丈夫だとでも思っているのか。

そんな名無しの反論は司馬師や司馬昭にとって何の興味もなく、脅しにすらならない。

単に彼らの良心に訴えるだけでは何の意味も効果もないと悟り、名無しは自らと二人の頭上にこれからもたらされるであろう恐怖≠ノついて説明する。


「私だけの話じゃない。あなた達の事を思って言っているのっ。こんな事をして…絶対にただじゃ済まない。もしこの事が知れたら、私もあなた達もきっと、あの人に……」
「────あの人?」

ハッ。


名無しの放った単語を聞いて彼らが訝しげに眼を細めたのを見て、名無しが『しまった』という顔をする。

「それは初耳だ。お前、パトロンでもいたのか?」
「そ…それは……」

パトロン。

司馬師に聞き返された言葉の意味は、特定の男に囲われているのか∞誰かの愛人でもしているのか?≠ニいう事。

現時点で、名無しはまだ結婚していない。未婚の女性である。

では誰か付き合っている恋人はいるのかというと、彼こそが名無しの正式な恋人である、というような相手の存在は司馬師達の耳には届いていない。

夫でもない。恋人でもない。

だがこの事が知れたらただでは済まない≠ニいう彼女の発言が本当だとしたら、名無しは今特定の相手がいて、その上相手の男は相当高い地位に就いているのではないかと司馬師は推測した。

そう思い、誰か身分の高い男の愛人をしているのか?と司馬師は名無しに尋ねたが、その人物の正体を告げる事に対して何かがまずいと感じているのか、名無しは彼の質問に答えない。

バツの悪そうな顔で沈黙する名無しをよそに、司馬師や司馬昭と言えば相変わらず何も気にする様子が無く、自信たっぷりのままである。


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