異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




司馬師の指摘した苺柄枕はピンクと赤の苺が大量に描かれた非常にファンシーな代物で、名無しの誕生日祝いにと夏侯覇が贈ってくれたものだった。

貰った直後、女目線から見てもちょっと照れ臭く思えるくらいに甘ったるくてラブリーな柄とデザインの枕に名無しは一瞬たじろいだが、聞けば夏侯覇は普段あまり女性に贈り物をしたこと自体が無く、何を贈っていいのか分からずに散々悩んで決めてくれた物らしい。

『た…、誕生日おめでとうっ。俺、実は女の人にプレゼントとかあんまりした事が無くて、こういう時に何を贈れば相手が喜んでくれるのか分からなくて…。でも女の人ってこういう感じでピンクとか赤とか、苺?とか可愛い物が好きだって父さんに聞いたからさ、名無しもきっとそうかなって。……気に入ってくれるかな?』

照れ臭そうに頭を掻きながら苺枕を差し出してくる夏侯覇の行動が可愛く思えて、自分の為に一生懸命考えて選んでくれたという彼の気持ちがとても嬉しくて名無しはそれ以来この枕を愛用していたのだ。

「ふふっ…いかにも女慣れしていない男が選びそうな品物だな。夏侯覇らしい」

しかし司馬師は笑いを堪えるようにして片手で口元を押さえ、そんな夏侯覇の可愛らしい男の純情と名無しの感動など屁とも思っていないことを教えてくれる。

「そんな風に言わないでっ。せっかく夏侯覇が選んでくれたんだもの。私は十分その枕が気に入っているよ」
「こんな子供臭い物を貰って喜ぶなんてお前も男慣れしていないのか。随分幼稚な付き合いだな」
「ひっ…酷い言い草…。だったらなあに?子元。もしあなたが私の誕生日に贈ってくれるとしたら、一体何をプレゼントしてくれるっていうの?」
「馬鹿な。私がたかが女風情に何かを恵んでやるはずなどないだろう。寝言は寝て言え」
「ううう…。だ…だから、贈ってくれるとしたら≠チて聞いているじゃない。仮定の話!」

夏侯覇と自分、互いの思いをダブルで馬鹿にされたと感じ、名無しはギリギリと歯ぎしりをしながら悔しそうな顔で言い返す。

すると司馬師は長い指先で顎をなぞり少しの間考えるような素振りを見せ、そうだな、と呟いた後名無しを正面から見つめて言った。


「────下着を贈る」
「……えっ」


長い足を持て余すように、名無しのベッドの上で軽く足を組んで座っている司馬師の大人っぽい姿は、可愛らしい苺柄の枕と隣で並ぶには全く似合わない。

名門・司馬一族の男子としてもって生まれた優雅さと、実年齢以上の余裕を纏う彼の口から出た言葉の意外さとセクシーな響きに面くらい、名無しの心臓はドキンッと大きく跳ねた。

「お前が名実ともに私に相応しいようないい女になったら、記念日に下着を贈ってやる。お前の雰囲気と体型に似合うように、色も形も素材も一点一点私が直々に選んでやろう。私にそこまでさせたいと言うのであれば、その日が来るのを夢見て精々自分磨きに励むがいい。まあ…贈ってやるとしたら≠ニいう仮定の話、だが?」
「えっと……。そ、その……」

クスッ。

司馬師の色っぽい眼差しでまっすぐに見つめられ、ついでとばかりに軽く笑われ、見る間に名無しの顔がカーッと紅潮する。

他人を見下げ果てるようなその尊大な態度と冷たい眼差しすらも、なんと妖艶で美しいことか。

司馬師の発言に対して反論してやりたい事はいくらでもあるのに、名無しを射るような鋭い双眸の、すさまじいまでの色気に名無しの抵抗力が吸い取られてしまう。

悔しいけれど、やっぱりとびっきりのいい男。

これだけ好き放題言われているにも関わらず、目の保養だとばかりについポーッと司馬師を見つめてしまう名無しは自分に気付く。


いけないいけない。


ここは自分の部屋である。こんな所で彼らのペースに乗せられてはいけない。


そう思い、名無しは雑念を払拭するようにしてブルブルと首を振ると、当初からの疑問を口にした。

「そもそも、なんでこんな時間に子元と子上がここにいるの。どんな用事があって私の部屋を訪ねて来たの?」
「……。」

名無しの言葉に司馬師と司馬昭は顔を見合わせ、しばしの間無言のままだった。

どう答えるべきか。

二人とも何やら悩んでいるようだったが、何かを言おうとした司馬昭よりも一足先に司馬師が口を開く。


「……お前、私と昭だったらどちらがいい」
「……はっ?」
「聞かれた事だけ答えろ。総合的に判断して、私と昭、選ぶとしたらどちらの方だ?」


意味が分からない。


唐突に振られた質問の意味が咄嗟に理解出来ず、名無しは目を白黒させた。

父親に似て仕事の鬼と呼ばれる司馬師の事だ。てっきり何か仕事の悩みや相談事があって来たのではないかと思ったが、あまりにも予想外れすぎて司馬師の質問の意図が読めない。

「名無し。俺を選んでくれよ」
「子上……?」
「いいから。大事な質問なんだ。俺だって言え」

名無しの耳元で聞こえてくる司馬昭の声が、さっきよりも近い。

じっと自分を見つめてくる司馬師。

普段のチャラチャラした口調はどこへやら、真面目な口調で語りかけてくる司馬昭の態度から、冗談半分の質問ではないと名無しは悟った。

けれども、何故彼らがこんな夜更けにこんな突然、わざわざ名無しの部屋を訪ねてきてまでそれを問うのか分からない。


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