異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




若さというのは罪である。

司馬懿よりも若い分、彼らは父親以上の好奇心と瞬発力、行動力を併せ持ち、その心は子供のように無邪気な残酷さで満ち溢れていた。

(果たして本当のお前はどちらなのかな。名無し)

名無しは司馬昭の言う通り小動物系の人畜無害な女子なのか、それとも司馬師の読み通り男を手玉に取る悪女的な要素を持つ女であり、女狐の類なのか。

新しい女を抱く時は毎回新鮮さがあって興奮するものだが、今回はそれに加えて、顔見知りの女の本性を暴くというオマケ付き。考えるだけでなんともゾクゾクするではないか。



試してみるのが今からとても楽しみだ。





「はあ…今日も遅くなっちゃった。疲れたなあ…」

言葉通り疲労感一杯といった表情で、体の奥底から吐き出すようにして名無しが漏らす。

時刻はすでに22時。

本来なら20時くらいには終わっていたであろう用地政策の会議が予想以上に長引き、つい先程やっと終わったところ。

仕事の関係で今朝も早くから出勤していた名無しは本日最後の会議が終わったと思った途端ドッと体力・気力共に失われ、ヘトヘトの状態になっていた。

(こんな日は、早くお風呂に入ってもう寝たい)

そう思った名無しは残された最後の力を振り絞ってよろつきながら長い廊下を歩き、自分の部屋へと向かっている最中だった。

なんでこんなにも沢山の書類がいるのだと思えるくらいに大量に準備された資料の束が、疲れて力の入らなくなってしまった名無しの腕にずっしりとのしかかる。

(そう言えば今日、曹丕も仲達も視察に行っていて帰らないんだよね)

隣国の視察に行く為今日はもう戻らない。帰城は明日以降になると言って出かけていった曹丕達の言葉が、名無しの脳裏に蘇る。

(このまますぐに寝たいのは山々だけど…。今日の用地政策の会議で出された意見がどんなものなのか、どんな結論になったのかというのを、後から曹丕達も分かるように報告書をまとめておかなくちゃ…)

ふわぁ…と小さくあくびをついて、眠そうな目を擦りながら名無しは歩く。

そんな事を考えながら足を進めていると、ようやく自分の部屋に続く扉の前に辿り着いた。

(ああ、やっとここに戻って来られた。ただいま!)

ホッと安堵の溜息を漏らしつつ、名無しは慣れた手付きで扉を開ける。


ガチャリ。


すると、誰もいないはずの彼女の部屋から謎の物体が勢い良く飛び出し、その上彼女の体にガバッと覆い被さってきた。


「名無し!!おかえりぃ〜っ!!」
「うぷっ…!なっ…ななな、なにーっ!?」


手にした書類の束が、驚きと共にボトリと落ちる。

突然の事で自分の身に何が起こったのか分からず、名無しは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

息苦しさに耐えかねて必死で身を捩って顔を上げると、名無しの目によく見慣れた相手の顔が映し出される。

「よう、名無し。遅かったじゃん。待ちくたびれたぜ!」
「子上……!?」
「あと1、2時間くらいで日付が変わっちまいそうじゃんか。いつもこんな遅くまで仕事してんの?」

名無しを出迎えてくれた人物の正体は司馬昭で、名無しに息苦しさを覚えさせたのは司馬昭の熱い抱擁だった。

名無しが扉を開けて中に入ろうとするや否や、それを待ち構えていたかのように司馬昭が中から出てきて名無しの体を抱き締め、彼女の顔の位置には丁度司馬昭の厚い胸板があった為だ。

「ビックリした…!な…、なんで子上がここにいるのっ。今日、私何か約束してたっけ?」
「いーや全然。つうか、何だよその言い方?何も用事や約束がなきゃ俺は名無しに会いにきちゃダメなのかよ」
「うっ…。えっと、そんな訳じゃ…」
「今の言い草、そんな訳≠セろ。名無しにとって俺ってその程度のうっすい存在!?」

名無しの疑問に司馬昭はムスッとした顔付きで答え、お仕置きだとばかりに彼女を抱き締める両腕にギュウッと力を込めた。

多分司馬昭本人はそこまで力を入れているつもりではないのだろうが、いかんせん、司馬昭のガタイは格闘家を思わせるような逞しいものである。

丸太のように太い腕で抱き寄せてくれるものだから、名無しのような女性の立場からすればちょっと苦しい。

「し、子上…。離し……痛い……」
「あ。わりー!やべ、ちょっと力入れ過ぎちまったか。大丈夫か?」

名無しの呼吸の乱れに気付き、司馬昭はすぐに腕の力を抜いた。

しかし、ちょっと緩めてくれただけで、名無しの体を完全には解放してくれない。未だ抱き締めたままである。

他者との馴れ合いを好まず、常に一歩引いた立場で名無しとも接する兄の司馬師と違い、弟の司馬昭はとても人懐っこく、普段からことあるごとに名無しの体を触ったり抱きついたりしてくるスキンシップ大好き人間だった。

これが普通の男性であればセクハラ行為で訴えられそうな気もするが、そうはならずに済むのが司馬昭のようなイケメンの得な所。

『わりー、わりー!』と言いながら清涼感溢れる笑顔で謝ってくる司馬昭を見ていると、名無しはつい彼のする事なら何でも許してやりたくなってしまう。

「ん…、大丈夫。ごめんね子上。そんなつもりで聞いたんじゃないの。でも、何も知らないのに自分の部屋にいつの間にか誰かが入っていたら普通はビックリするでしょう?」
「う…。確かにそれは…言い返せねえ…」
「それに、もう夜も遅いし…。今日はまだ起きていようと思っていたから大丈夫だけど、せっかく子上が来てくれても私に他の用事があって子上の話が聞けなかったりしたら逆に申し訳ないよ。私に何か話があるっていうのなら、先に言ってくれれば子上の為に時間を空けるから……ねっ?」

司馬昭に拘束された中、ほんの僅かに動く手首を動かして司馬昭の頬をそっと撫でながら名無しが言う。

190pもある長身の司馬昭との身長差故、自然と名無しは彼の顔を下から見上げる姿勢となる。

上目遣いで自分を仰ぐ名無しの瞳が放つ何とも言えない色香に、司馬昭の視線が縫い止められる。

密着しているせいなのか、名無しの体からは彼女が普段から付けている香料がふわりと漂い、司馬昭の鼻腔を甘い匂いがくすぐっていく。


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