異次元 | ナノ


異次元 
【籠の鳥】
 




最初は泣き喚いていた彼女が自ら淫らに腰を振り、明らかに感じまくっている痴態を目にした私は彼女の事を散々言葉でなじった。


『ふふ…。なんと惨めで浅ましい。つい先程まで牢屋に入れられていた罪深い男達の舌でそんなに感じているなんて、露姫様は男なら誰でもいい御方なんですね。そのようにふしだらで淫乱な女性の事を、間違ってもあの信長様が正妻に迎えられる訳ないでしょう?人を笑わせるのも大概にして下さいよ。あははははっ…』


ああ、愉快だ。実に愉快。


罪人達の舌で何度も絶頂を極めてしまい、気が狂いそうになっている彼女を見て私は心底可笑しい気持ちになっていた。

『もっと目一杯楽しめばいいんですよ。そこを男に舐めさせるの、大好きなくせに。貴女が自分から求めてきたのでしょう?ふふっ…あはははは…!』


いつ終わるともしれぬ淫靡な宴が続いている間中、彼女の寝室には気が狂ったように悶える彼女の喘ぎ声と罪人達の荒い吐息、そして私の楽しそうな笑い声が響き渡っていた。

『お父様とお母様に言いつけて、あんたの事なんて潰してやる!!』

ようやく気が済んだ私が罪人達を牢屋に返し、彼女の体を拘束していた帯を解いて自由にしてやると、露姫様は息も絶え絶えな状態で私に向かって悪態を付く。

涙ながらに声を振り絞る彼女を涼しげな目付きで見下ろすと、私は素っ気ない物言いで露姫様に言い捨てた。


『どうぞいくらでもご自由に。ですが…そんな事をされるとしたら、本当に困るのは私ではなく貴女様の方ですよ?』
『!!』
『恐れながら露姫様。≪これは露姫様ご本人が望まれてやった事です≫と私が言っても、ご両親は何も疑問を持たないと思いますけどね』


露姫様は普通のセックスにはもう飽き飽きしているから、どうやら今回普段とは違った趣向を試してみたかったらしい────と。


そんな感じで適当な理由をでっちあげれば、きっと彼女の周囲の人間達も素直に私の話を信用してくれる。

露姫様の普段の言動と性格。彼女の性癖。彼女を取り囲む人間達の、彼女を見る諦めの視線。それとは逆に私の日頃の行いと、私が周囲から得ている信頼度。

これら両方の視点から考えてみても、誰も私の話に疑いの目を向ける事はないだろう。

この事件を彼女の口から表沙汰にするとすれば、それはすなわち彼女自身の首を締める事になるであろうと私は確信していた。

『身持ちの固い女性なら話は別ですが、貴女は毎晩のように男を自分の寝所に引っ張り込んでいる身ではないですか。普通の女ならそんな話を二つ返事で信じる訳にはいかないでしょうが、≪あの露姫様≫なら十分考えられる事だ。至極ごもっともな話に違いない……とね』
『……蘭…丸……』
『それに…貴女と私では周囲の信頼度も違います。こういう時に日頃の行いというやつが真価を発揮するという事を、肝に銘じておいた方がいいですよ』

そして露姫様は≪自分の根城だけでは飽き足らず、訪問先の城でさえ馬鹿な真似をして他人に迷惑をかけているのか≫とますます彼女に対する風当たりが強くなり、彼女自身の評判も下がるだけ。

順序立ててこんこんと説明してやると、露姫様の顔からたちまち血の気が引いていくのが私の目にも見て取れる。

まあこちらも実際かなりの迷惑を被っていますので、本来ならもっと酷い目に遭わせて差し上げるべきだと思いますけどね。

貴女が今までどんな煌びやかな生活を送ってこられたのかは存じませんし、最初から興味もありませんが。

妙な勘違いをしたまま年だけ食っていく前に、世の男という男が全て貴女の言葉一つで嬉々として股を舐めるような存在ではないという事を知っておいた方がいい。

『露姫様の身近には牙を抜かれた腑抜け犬しかいらっしゃらないようですが。男という生き物ほど暴力的で凶暴な要素を内に秘めた性は無いという事を、若い内に身をもってお知りになった方が露姫様の為にはよろしいですよ』
『ひっ……。そ…んな……』
『再度信長様や濃姫様を侮辱するような発言を口にされたらどうなるか、そしてこの蘭丸を本気で怒らせたらどうなるか。ゆめゆめお忘れ無きように。ふふふっ…!』

意味深な含み笑いを浮かべて楽しそうに笑う私を、背筋がゾッと凍り付いたような、怯えたような眼差しで露姫様が見上げている。

次第に顔面蒼白になっていく露姫様の姿を心地良く感じながら、この日私は今夜の出来事を決して外には漏らさないという約束事を彼女と交わす事になった。

それ以来露姫様は人が変わったように私の前ではおとなしくなり、常に不安げな表情を浮かべて私の顔色を伺うようになっていた。

私の言うことには何でも素直に従うばかりでなく、少しでも私に気に入られたいと思っているのか、機嫌を取りたいと思っているのか、頼みもしない貢ぎ物まで持参してくる始末。

結局この事は私と露姫様、そして先日死刑が執行された罪人衆以外─────誰も知らない。





「露姫は本当に蘭丸の事が好きなのね。あの娘が貴方を見ている時…あれは完全に一人の女として男を見ている時の目付きだわ。でも当の蘭丸本人が全くその気がないのだとしたら、可哀相な事ね。やっぱりあの子の性格が嫌いなの?」
「そういう訳ではありませんが……」

くすくすと優美な笑みを口元にたたえながら私に質問してくる濃姫様に対し、私は少々口ごもる。

ここで『その通りです。私はあの女の全てが嫌いです』と正直に告げてもいいのだが、親類である信長様がこの場にお見えになる以上、それではあまりにも礼を欠いた発言だ。

上手い断り文句がないかと必死に思考を巡らせていた私だが、ようやく一つの言い逃れを思い付き、それを試してみる事にした。

「私のような小姓が信長様の親類である露姫様を嫌うなど、そんな恐れ多い事は考えたこともありません。ただ…露姫様は噂をお聞きする限り、非常に恋多きお方のご様子。そのような女性が相手ですと、私はどうしても切ない気持ちになってしまい、尻込みしてしまうのです」
「ほう…?面白い事を言う。年の割には経験豊富に見えるうぬが、恋多き女に尻込みとは」

静かな口調で語られる私の返答に、信長様が心底意外そうな顔をする。


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