異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




そう思い、父の眼力にすら抵抗できるという名無しをそのうち己の支配下に置いてやると以前から画策していた司馬師だったが、勿論その気持ちを他人に漏らした事は一度もない。

それなのに、一言二言告げただけであっさりと自分の気持ちを見抜く司馬昭の鋭さを、司馬師は兄として内心素直に『やるな』と褒めた。

「……そうだ。私は父上を心から尊敬している。だが同時に父を超えたい。昭よ。お前も男ならその気持ちが分かるだろう?」
「分かりますよ。俺も男ですから。仕事の面ではまだキャリア不足で無理だとしても、男として父上に勝負を挑める機会があるなら俺だって挑戦してみたいです。こっちでは勝てなくてもあっちでは勝つぞ!っていうか、男の意地って感じで」

司馬昭はウンウンと頷き、兄の言葉に同意を示す。

「……まあこの際父上の事は置いておいたとしても、どっちみち名無しが思い悩んでいるのが男の事だったらとことん追求してやろうかなーなんて俺も前から思ってたんで」
「ほう。そうなのか?」
「ええ。兄上の提案がなかったとしても、あの調子でいくなら遅かれ早かれ喰ってたでしょうね……名無しのこと」

獲物を追い詰めるハンターのような鋭利な目付きで、司馬昭は名無しの部屋のある方角を睨む。

司馬師の誘いが無くても遅かれ早かれ手を出すつもりだった。強引に。

笑顔でそう語る司馬昭を見据え、それでこそ自分の弟だと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべて兄が弟を見る事はあっても、彼の行為を諫めるような気配は全くない。

「そう言えば兄上。話は変わりますけど、この間見た目も好みで具合のいい貴族女を見付けたって言ってたばかりじゃないですか。これからじっくり調教する所だとかなんだとか言ってたような気がするんですが…。あれはもう放って置いて名無しに行くって事ですか。あの新しいオモチャにも、もう飽きちまったんですか?」

オモチャ。

自分より下の身分の者に向けた発言とはいえ、一人の女性に対して放つにはいささか横暴に思える司馬昭の例え=B

だが、実際司馬師や司馬昭にとって、世の女達は一時の気晴らしや性欲処理としての対象にしかすぎない存在だった。

名門たる司馬家の男子ともあろう者が、たかが女如きに心を奪われたり、その色香に惑わされて日常生活や業務に支障をきたすなどあるまじきこと。

いつ戦場に駆り出されてもいいように、特別な存在は決して作るな。司馬家以外の人間には、否、むしろ身内相手ですらも完全には心を開くな。

夢や愛など絶望の源泉だ。この世はサバイバルであり、常に弱肉強食の世界。

よって他者との必要以上の絆を築いたり、ベタベタした馴れ合いは不要である。

そう幼い頃より父親から徹底的に教えられてきた司馬兄弟にとって、普通の若者達のように互いに心を許し合い、愛し合い支え合うといった暖かい恋愛関係など不必要なものでしかなかった。

「ああ。飽きた」

弟の鋭い突っ込みに、司馬師が冷淡な瞳で返す。

「同じ女は多くても2,3回抱いたら十分だ。父上もよく言っているであろう?司馬一族の男子たるもの、特定の人間に対する執着心は不要だ。それに、そろそろ私の部下共にも餌を与えてやらねば……。最近は遠征続きだったので兵士達の間にも不満が溜まっているからな。奴らのことだ。適当に兵士の宿舎に放り込んでやれば、いつものように勝手に食い漁る」
「ふーん。餌ですか。相変わらずもったいない。兄上的には2,3回ちょろっと抱いただけで、上物の女でもさっさと兵士に払い下げしてやるって寸法なので?」

気怠げに頬杖を付き、言葉とは裏腹に実際はなんとも思ってなさそうな声のトーンで司馬昭が尋ねる。

「たまにはいいだろう。我が国の為に命を張って戦っている兵士達なのだ。やつらにも上物の女を味わわせてやっても罰は当たるまい。あいつらは私達と違って金がない。いつも必死で給料を掻き集め、ようやく買えた安っぽい売春婦を数人で共有して我慢しているのだ」

司馬昭の問いに、司馬師が人形のように綺麗な顔でニヤッと笑う。

「そりゃ可哀相に。安い売女は見た目もサービスも悪いのが多いもんなー。そうですねえ、兄上が目を付けたオモチャなら間違いなくとびきり上物でしょうし、兵士達も喜ぶでしょうよ。兄上のご慈悲のおかげであいつらも暫くは楽しめるんじゃないですか?」
「ふふっ。そうか」

兄弟に語りかける口調や声のトーンこそ優しいものの、内容的には背筋をゾッとさせるほど残酷な二人の会話。

ギラリと輝く魔物のような瞳に、冷淡な笑みを浮かべた赤い唇。

そして彼らが纏う毒々しいオーラと妖しいまでに美しい端整な美貌は、人ではない何者かの存在を見る者に思わせる。

「じゃあやるか」
「いいですよ。で、いつにします?」
「こういうのは決めたら早い方が良い」
「だったらいっそのこと今夜はどうですか?ほら、父上の視察の件もありますし」

今日、司馬懿は曹丕と共に昼から隣国の視察に出かけていた。

城を出る直前、司馬懿が自分達の元を訪れ『距離的に戻りは明日以降になる。私や殿に伝えるべき事が何かあれば、代わりに名無しに伝言しておけ』と言い残していったのを司馬師も司馬昭も忘れていない。

鬼の居ぬ間に洗濯≠ニいう言葉が、二人の脳裏をよぎる。

どうせ行動を起こすなら、気兼ねなく出来る時が良い。

「ふ…。確かに都合が良い。では先にさっさとやるべき事を終わらせるか。本日中に仕上げなければならない書類がまだいくつか残っている。業務が終了次第今夜名無しの部屋に行くぞ。昭」

持ち前の美貌と冷静さをもって、司馬師は何の感情もこもっていないような冷たい声で司馬昭に伝える。

「了解でーす」

それに対し、司馬昭はおどけた口調で返事を述べ、男前の顔でニッと笑う。

男として父親を出し抜きたい。他の女達と違って自分達の思い通りにならないのが面白くないので、力ずくで自分達の言いなりにさせてやりたい。

そんな単純な理由で襲われる名無しの方はたまったものではないと思うが、彼らにとっては司馬懿の留守中に彼の同僚である名無しを犯すことなどかくれんぼや鬼ごっこと同様、子供のお遊びの延長にしかすぎない行為。


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