異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




「でもご安心あれ、兄上。俺、表面上はそう見えても夜の主導権まで女に渡すつもりはありませんから。逆にそっち方面になると、俺は好きな女ほどイジワルして泣かせちゃうのに男としての喜びを最大級に感じますんで。絶対」

ゾクッとするほど男前の顔で、司馬昭が笑う。

世間的には長男の司馬師の方が司馬懿同様、冷静な判断力と高いプライドを持ち合わせ持ち、息子の中でも一番父親に似ていると言われている。

そんな司馬師に対し、次男の司馬昭は武道で鍛えた筋骨隆々としたいかにも肉体派といった逞しい体付きに陽気で明るく豪気な性格ということもあって、あまり父親似ではないと言われる事が多い。

だが───時折彼が見せる冷たい双眸は、非常に父親とよく似ていた。

「だから俺、別に好きな女と付き合いたいとか対等な関係になりたいとか、そういう願望はないんですよ。恋人とか夫っていうより俺は常に支配者でありたい。もしなってくれるって言うんなら名無しは可愛い俺のペットで飼い猫希望。んで、俺はただ一人のご主人様。精神的にも肉体的にも完全に俺のモノ≠ノして、俺無しでは生きていけないカラダになるくらい、その全てを完全征服してやりたいんですよ」

言葉の終わりに、司馬昭の唇がニヤリと黒い笑いで吊り上がる。

「本当の意味で自分の物にするってそういう事でしょう?好きだの愛してるだの、私達ずうっと仲良しよ、いつまでも一緒にいましょうね、なんてそんな幼稚園児のおままごとみたいな約束事≠ノ興味はないんですよ。そうじゃなくて、徹底征服こそが真の意味で俺のオンナにする≠チてことじゃないかと思うんです。俺は」

何かのスイッチが切り替わったようにふと真面目な顔立ちになった直後に浮かぶ、冷酷な眼差し。形の良い唇を彩る残酷な笑み。

情事の際は好きな相手ほどイジワルして泣かせるのに男として最大の喜びを感じるという司馬昭。

気に入った女が出来たらそのご主人様として相手の世界に君臨し、自分無しでは生きていけなくなるくらいにその身も心も完全征服してやりたい。

それこそが真の意味で自分の物にするという事なのだ、とのたまう彼の発言は、間違いなく司馬懿譲りのものだ。

血は水より濃いということか。

「…なーんて、真面目に語っちゃいましたけど。兄上…俺の考え、司馬家の次男として問題ある発言だと思います?」

普段の彼らしくもなく真剣トークをしてしまった事への照れ隠しも含めているのか、笑いながら茶化すように言う司馬昭の物言いはすでに普段通りの彼に戻っている。

「いや。別に。欲しい物が出来たら相手がモノであろうと人間であろうと力ずくで奪うのは当然の事だ。それこそが我らが幼い頃より父から教えられてきた帝王学。どのような手段を使っても己の支配下に置き、その全てを掌中に入れるのが司馬一族の男子として相応しい行動であろう…」

弟の発言を承認し、ニヤリと笑って自信たっぷりの声音で語る司馬師の双眼は、ある意味禍々しいと思えるくらいのすさまじい色香に満ちていた。

「愛だの恋だの、そんなものを最優先して女を丁重に扱い、時間をかけてじっくり口説き、結婚までセックスはお預け…なんて辛抱強く我慢している間に他の男に盗られるなんてそっちの方が間抜けな結末だろう。口先だけの綺麗事を尊重して後手に回るより、相手が嫌がろうが何だろうがさっさと犯して所有の証を刻む方がよっぽどいい」

口元を揶揄の形に歪め、そんな事は一々説明するまでもないと言いたげな顔で司馬師は一刀両断する。

「ははっ。本当ですか?そりゃ良かった。レイプまがいの手法でも、好きな女を無理矢理手込めにして自分の物にしちまえば『よくやった。昭』つって父上にも褒めて貰えますかね?」
「多分な」
「うわ、やる気出た。じゃー頑張ります」

冗談交じりの口調で楽しそうに告げる司馬昭の瞳もまた、真正面からじっと見つめられたら思わずクラリと来てしまいそうなくらいの色気と強引な吸引力に満ちている。

司馬師と司馬昭は、年若いながらに父親譲りの魔性の目を所持していた。

同じ人間であるはずなのに、人ではない何かの目。

漆黒と茶色が入り交じった闇の結晶体の中に、女達の抵抗や羞恥心、反抗心を全て吸い込んで無効化してしまう妖しい魔力に満ちた瞳。

見た目の良さや育ちの良さから何もしなくても女達が寄ってくるので、普段その瞳を使う必要はない。

だが、いざ彼らが特定の相手を攻め落とそうと本気で戦いを挑むのであれば、堕ちない女などこの世にいやしない。

「しかし昭には名無しがそんな風に見えているとはな」

何やら含みを持たせた司馬師の言い草に、司馬昭の眉がピクリと上がる。

「それってどういう意味ですか。兄上」
「どうって、言葉のままの意味だ。お前にはあの女が小動物系で大した害もない女に見えると言うんだろう?」
「そうですけど。害がなく見える≠チて…、じゃあ逆に兄上の目には名無しがどんな女に見えるって言うんですか?」

自分の女を見る目≠否定されたと感じ、即座に疑問で返してくる分かりやすい司馬昭。

そんな弟の若い反応を横目で捉え、司馬師は己の記憶の中に残る名無しのイメージを引っ張り出そうとするように遠くの方に視線を向ける。

「……一癖ある女だ……」

まるで報告書でも読むように淡々と、司馬師が告げる。

「パッと見はいかにもおとなしそうで男に対する防御力も抵抗力も皆無。攻め落とすのも容易に感じるが、あれはその辺のあばずれとは訳が違う。そう簡単な相手ではない……」

何より気になるのはあの女の目だ、と司馬師は言う。

「よく考えてみるがいい。普通の女は私や昭と一度目があえばたちまち頬を赤く染め、何も言えずに恥じらい気味の表情を浮かべて俯くのがいつものパターンだ。だが名無しは違う。父上譲りの我らの目を見ても平気だ。微動だにしない」
「そう言えば……」

平気なのは自分達といる時だけではない。

司馬懿の眼光を間近で受け止めている時でさえ、ごく普通の態度で司馬懿と会話をしている名無しの姿を初めて目にした時、その光景の意外さに司馬師は大きな衝撃を受けた。


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