異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




「だってさー、兄上。気晴らしに遊ぼうにも城の女に手を出すと後々面倒臭くないですか?女官レベルならまだしも、なまじそれなりに身分のある貴族女とか姫様にちょっかいかけちまうとやたらとこっちに纏わり付いてくるし、やれ結婚して!だの責任とって!!だのもう鬱陶しいことこの上ないったら……」

ふぅーっと深い溜息を漏らし、辟易したような表情を浮かべて腕組みをする司馬昭は、クールな輝きを放つ兄の司馬師とは異なり体育会系の容姿とノリを持つ逞しい美男子だ。

「だから俺、どうせ遊ぶなら素人女よりも金できちんと割り切ってくれる風俗嬢の方がよっぽどいいと思うんですよ。ま、時期が来たら俺も適当に見合いとかして身を固めなきゃいけないんだろうなーとは思ってますけど、それまではせめて何にも囚われずに青春を謳歌したいって言うか、限られた自由を満喫したいって言うか」

司馬一族の名に恥じぬように、その重みは心に刻んでいるつもりですけど、ぶっちゃけ堅苦しい生活を送るのはイヤなんですよ。

男らしい端整な顔を歪め、司馬昭は毎回口癖のようにして司馬師に言う。

希代の名軍師・司馬懿の血を分けた実の息子達であるというサラブレッド的な素質、そしてそれぞれタイプは異なれど見目麗しい美貌、均整の取れた引き締まった体躯を持つ司馬師と司馬昭は魏の女達にとって憧れの存在である。

若く美しい彼らの容姿。そして彼らに選ばれれば自分も司馬一族の仲間入りが出来るという特典もあり、自分こそが司馬師や司馬昭の女になりたい、妻になりたい!と願う女達は数知れず。

ほんの気の迷いで1回や2回セックスしただけで『今度私の両親に会って下さる?』『うちの親がそろそろ結婚しろってうるさくて…』としなだれかかってくる貴族女達の豹変振りは、まだ遊びたい盛りの司馬昭にとってまさにめんどくせ!!≠ネものだった。

司馬師様ー!司馬昭様ぁー!と城の女達からハートマーク型の求愛ビームを向けられる事自体は男として嬉しく思うしまんざらでもないが、それでもやはり過剰になると鬱陶しい。

激務に耐え、なかなか日頃の疲れやストレスが抜けきらない中、プライベートでまで余計な気を遣いたくない。

司馬師や司馬昭が求めていたのは、もっと気軽で自由度が高いフリーセックス・フリー恋愛だった。

「そう考えると、城の女で心置きなく飯食ったり一緒に遊びに行けるって言うと名無しくらいしか思い浮かばないんだよなー」

司馬昭の口から独り言のようにして漏らされた言葉に、司馬師がピクリと反応した。

「やっぱりあれくらいの女になるといいね。一緒にいて気が楽だよ。ガツガツしてないし、色んな意味で余裕があって」

司馬昭が述べた名無しというのは、彼の父・司馬懿と組んで共に魏の内政を担っている女性の名前である。

司馬懿という男性は博覧強記・才気煥発で知られ、女性なら誰でも目を奪われるような抜群の美男子という外見・内面共に優れた人物であるが、その反面苛烈で気難しい一面も併せ持っていた。

そんな父親と何年にも渡って一緒に仕事をしているという時点で名無しはかなりマイルドな性格の持ち主であると思われ、女嫌いで知られている司馬懿と上手くやっていけるという珍しいタイプの女性であった。

司馬昭の言葉通り、名無しは他の女達のように異性としての熱い視線を彼らに向ける事は無い。

司馬懿の子供という事もあってか、司馬師と司馬昭を見る名無しの眼差しはまるで家族のように暖かい親愛の情に溢れていて、彼女の方からもよく二人を食事や遠乗りに誘ってくれていた。

普段司馬懿と共に忙しく執務にあたっている彼女だが、手が空いた時には己の気分転換も兼ねて手芸や料理などにも色々と幅広く挑戦しているようで、出来た作品を司馬師や司馬昭にも振る舞ってくれていた。

特に、体育会系バリバリで食欲も旺盛、育ち盛りの司馬昭は名無しの愛情たっぷりこもった手料理が好物のようで、毎回旨そうにペロリとたいらげては『もっと沢山作ってくれよ』『俺のだけ量を増やして!』と名無しに甘えまくり、催促までしている始末。

自慢の手料理で恋人や夫の胃袋をガッチリ掴んでいる世の女性達と同様に、名無しはそういった面で今や司馬昭の胃袋とハートをしっかり掴んでいるようだ。

「何が入ってんのか知らねーけど本気で旨いんだよな、名無しの作ってくれるチャーハンに玉子スープ。俺、甘いモンは苦手だけどこの間名無しが作った杏仁豆腐は普通に全部食えたし。塩とか砂糖の分量が丁度俺好みなのかな。嫁にするならああいう女が理想的…っつうか、兄上もやっぱ食≠チて大事だと思いません?」
「別に。私はお前ほど食い意地は張っていないのでな」
「またまたぁ。兄上だって名無しの手料理は結構残さず食べてるじゃないですか。普段は好き嫌い多いくせして〜」
「残すとあの女がうるさいから仕方なく食べてやっているだけだ。他意はない」
「はいはい」
「はいは一回で良い。昭…あまりしつこいと弟だろうと引き裂くぞ」

そう言って屈託のない満面の笑顔で告げる弟に、司馬師は腰に差してある愛用の細剣の柄にそっと手を伸ばすと、いつも通りの冷ややかな目付きと口調で言い返す。

「わわ!暴力反対!!冗談キツイですって、兄上!!」
「ふん。お前が余計な事を言うからだ」

降参するように両手を挙げて大げさな動作をする司馬昭の姿を、司馬師の冷淡な視線がジロリと舐める。

「あー…、でも、知ってます?兄上。名無しってたまに凄い余裕のない顔をするんだぜ」

ポツリ、と何の予告もなく告げられた司馬昭の台詞に、司馬師が僅かに目を見開く。

「名無しって、みんなといる時にはいつもニコニコ優しそうな笑顔浮かべてるじゃないですか。けど名無しが廊下にいる時とか、中庭にいる時とか……一人でいる時の名無しって大抵思い詰めたような顔してるんですよ」

以前、偶然中庭で見かけた時の名無しを思い出しながら司馬昭は語った。


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