異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




目隠しをされ、声を封じられた女。両手を縛る布、愛玩動物を繋ぐように垂らされた紐。

両乳首がピンと立つほどにしっかりと装着されたクリップ。思わず引っ張って中に出し入れしてやりたくなるようないやらしい数珠状の性具。

それを美味しそうに飲み込む、赤く充血した女性の性器。男達の責め苦に反応してとめどなく溢れる愛液。誘うような甘ったるい声。

それらの全てを目にしていると、彼女の興奮に共鳴しているかの如く、司馬師は言葉に出来ない感情の高ぶりを覚えていた。


─────なんて倒錯的で美しく、素晴らしきこの世界。


「つまらないのだろう?世間の奴らがやっているような恋愛で抱き合うセックスなど。ただ単に愛し合い、本能に基づいて求め合うだけのヌルくて単純な行為など」

もっと深い部分で繋がりたい。気に入った相手の全てを征服したい。支配したい。

もっともっと、他の誰も介入できないほどの強烈な引力で、自分の元へと引き寄せたい。相手の心にとっても体にとっても、絶対的な君主として永遠に君臨したい。


─────違うか?


端整な美貌に薄い笑みを貼り付けつつそう尋ねてくる曹丕の問いに、司馬師は即答する事が出来なかった。

だが、曹丕の告げた言葉の全てはまるで魔法の呪文のように司馬師の脳を揺さぶり、心地よい陶酔感と共に司馬師の全身を包んでいく。

「望みを叶えたかったら、自分の性癖と共鳴する女を見付ける事だ。何事も相性だからな。そう思える対象に出会えたら何も気にする事は無い。お前の望むまま犯し、容赦なく奪い、陵辱し尽くすがいい」

女性の乳首を挟むクリップを指でピンッと弾きながら、曹丕が言う。

すると女性は『あんっ』と甘い声を上げ、白い体を淫らにくねらせる。

「ただし───はダメだ。───は私と仲達がこの世で唯一愛する者。我々だけしか触れる事が許されない、生きた芸術品……究極のセックスドールだからだ」

曹丕はけぶるような眼差しでうっとりと女性を見つめ、低い囁きを降らせながらカリッと彼女の耳たぶを噛み、続いてうなじへと唇を這わせていく。

「ひっ…んっ……はぁぁん……」

女性の声を封じていた布に曹丕が指をかけて僅かにずらすと、解放を求めていた『音』が外の世界に溢れ出す。

ねっとりと甘く、耳朶に絡みつくような彼女の声が、司馬師の思考能力を鈍らせる。

全裸にされた状態で視界と言葉、身体の自由を奪われ、このような陵辱を受けてもなお、彼女は心の底から嫌がっている訳ではなさそうだ。

それは彼女が本来持つ性癖によるものなのだろうか。それとも彼ら二人の丹精込めた調教≠ノよる成果だと言うのか。

「師よ」

今まで黙って事の成り行きを見守っていた司馬懿が突然口を開き、チラリと息子に視線を注ぐ。

急に父親に自分の名を呼ばれ、一瞬動揺する司馬師に構う事もなく、目が覚めるような美貌で司馬懿が問う。


「お前────知りたいのか?」


(あ……)


ゾクリ。

父親と目が合った途端、司馬師の全身に言葉に出来ない冷気が走り抜け、彼の心身を震わせる。

聞く者の心を拘束するように低く、妖艶で、魅惑的な声音で放たれたその問い≠ヘ、なんとも意味深なものだった。


何を、どれを、どんな意味で。


父の言う言葉が一体何を指し示しているのか咄嗟に分からず、だが妙にその言葉に心を動かされ、司馬師は体の底から突き上げてくるような謎の疼きを感じていた。



────知りたいのか?




「俺に聞かれても意味不明です、兄上」

眉間に軽く皺を寄せるようにして、司馬昭が呟く。

司馬師が謎の夢を見た翌日、彼の弟である司馬昭は仕事上の書類を届けに兄の執務室を訪れていた。

始め司馬師は司馬昭の持参した書類に目を通したり、承認印を押したりと普通に仕事をしていた。

……が、その間に暇を持て余した司馬昭が世間話よろしく『最近どうです?兄上』と適当に声をかけた為、弟の言葉で今朝方見た夢を思い出した司馬師は己の記憶を頼りに『実はこんな夢を見た』と司馬昭に語った。

兄の語る内容をフンフンと興味深げに聞いていた司馬昭だが、話が進むにつれて段々眉間に皺が寄り、『なにそれ?』という感じになってきた。

「殿と父上がなんでセットで出てくるんですか?ていうか、それって一体どういう状況?意味が分かんねえ。しかもそこに兄上が混ざるってどういう話の展開なんですかね。家政婦は見た!なポジションなんですか?」
「知るか。何故あのような夢を見る羽目になったのか、私にもさっぱり分からぬ」

弟の疑問に短い言葉で答える司馬師は、絵に描いたような美男子だ。

これこそが美形というモノである、と言わんばかりの端麗な顔を意図的に隠すようにハラリと降りかかる漆黒の前髪は、ただでさえ麗しい彼の美貌にミステリアス≠ニいうさらなる魅惑の要素を加える事に成功している。

俗に『夢占い』と呼ばれるものによると、夢は深層心理の表れだとか、夜寝ている間に見た夢は何かを示唆している、深い意味が隠されている…というのを司馬師は聞いた事がある。

そもそも生粋の現実主義者である司馬師は形のないその説を心から信じているという訳でもないのだが、昨夜見たのはそんな彼ですら『あれは一体何を意味しているのか?』と気になってしまうほどに不可解な夢であった。

しかも、曹丕と司馬懿に関してはあんなにも相手の姿形がはっきりと分かり、間違いなく昨夜の夢に出てきたのはあの二人であると自信を持って言えるのだが、彼らの愛玩動物と成り果てていた女性に関してはひどく曖昧なイメージなのだ。

夢の中で曹丕が彼女の名前を何度も呼んでいたような気もするが、その部分だけがモヤがかかったように記憶が朧気でよく思い出せない。

ぼんやりとしたシルエットは思い出せるが、彼女は目隠しされていたこともあって素顔も不明なままである。

だが、どこかで見たような気がするのが余計に司馬師の記憶に引っかかる要因となっていた。

あの女。

誰とはすぐに思い浮かばないが、自分の知っている女によく似ていたような気がする。

髪型といい、あの白い肌といい、体型といい、どこかで見た事がある。それがとても気掛かりなのだ。



────あれは一体誰だったのか……?


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