異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰い】
 




不思議な光景を見た。


『それ』を見たのはある日の深夜。司馬師が一日の仕事を終え、一人ベッドに入って眠りに就いた時だった。



(……ここはどこだ)

不明瞭な視界を少しでもクリアなものにしようと、司馬師は懸命に目を懲らす。

彼の目の前に広がるのは豪華な装飾が施された沢山の扉。そしてそれらを繋ぐ長い廊下だった。

自分の置かれている状況が分からずにとりあえず手探り状態で少しずつ前に進んでみると、その廊下はまるで迷路のように複雑に入り組んでおり、どこをどう進んでいいのやら判断が付かない。

(城の中なのか?────これは)

よく見れば廊下の造りや扉の装飾、建物の全体的なデザインや色使いなどに見覚えのある事に司馬師は気付く。

この造りは、自分が普段からいる魏城のものだ。間違いない。

だが、こんな構造は知らない。どういう事だ。

(……夢なのか?)

自分が存在している不可思議な空間、そしてうっすらと霧がかかったように先が見えにくい視界の悪さがどことなく異世界のように感じられ、司馬師はますます訝しげな顔をする。

ここはどこだ。夢なのか。現実なのか。

『ん…んっ。んぅっ……』
(!!)

不意に、少し離れた場所から謎の声が聞こえてきた。

その声は司馬師の耳に届くか届くまいか、ギリギリ聞こえるかどうかという音量で、よほど聴覚が優れている者でなければ無視してしまいそうなレベルのものだった。

(誰かがいる)

自分以外の人間が同じ空間の中に存在している事を悟り、司馬師は己の耳に意識を集中させながら慎重に声のする方へと足を進める。

『ふっ…、んんっ…!んんん───…っ』

司馬師が一歩ずつ足を進めていくと、彼の選択した方角は合っているようで、先程よりも段々その声がよく聞こえるようになってきた。

何かを堪えているようで、苦しそうだ。

たが同時に何かに身を委ねているような、浸りきっているような、何とも言えず甘ったるくて切ない声。

声の高さから察するに、女の声だ。

(……この辺りだ)

カツン。

救いを求めるような声に誘われるようにして迷路を彷徨った司馬師は、やがてある一つの扉の前に辿り着いた。

(この扉の向こうに、誰かがいる)

己の聴覚と直感に絶対的な信を委ねる司馬師は、確固たる自信を抱いて面前の扉を睨み付ける。

ガチャリ。

司馬師は固く閉ざされたその扉の取っ手に手を伸ばすと、迷うことなく扉を開け放つ。


(──────!!)


扉を開いた直後、視界に飛び込んできた光景の異様さに司馬師は驚いて目を見張る。

そこにいたのは一人の女性と、美しい二人の男性だった。

先程から聞こえてきた声の主だと思われるその女性はほぼ全裸と思われるようなあられもない姿で、男性達の前で四つん這いの格好にされていた。

彼女の目元は魏の象徴色である青い布でしっかりと巻かれ、目隠しをされている状態であり、同じく唇に食い込ませるようにして巻かれているもう一つの布は彼女の声を封じる為の役割を果たしていると思われる。

そして彼女の両手も同じようにして青い布で縛られており、その中心からは1本の細い紐が伸びていて、男性の手にしっかりと握られていた。

その光景の異様さに一瞬面食らったのも事実だが、司馬師をさらに驚かせたのはその場にいる人物の正体に気付いた為であった。

飼っているペットが逃げないようにと犬や猫のリードを持つようにして紐を掴んでいる男性は曹丕。

父親譲りの風格と度胸、冷酷さを併せ持つ、威風堂々たる魏の皇子だ。

そしてその傍らで曹丕と女性の行為を見守るようにして佇んでいるのは司馬懿だった。

どんな時でも常に冷静な態度を崩さず、類い希なる才知と軍略を駆使して魏を何度も勝利に導いた魏国が誇る名軍師。

司馬懿に関してはそんな説明書きを並べ立てるまでもなく、司馬師にとって見間違えるはずもない、尊敬するべき自らの父親であった。

「ふっ…!あああっ……」
(!!)

曹丕に軽く紐を引かれた途端甘く切ない声を漏らし、白い姿態をくねらせる謎の女性。

その姿に誘われるようにして司馬師が彼女の体を見つめていると、彼の視線に気付いた曹丕が女性の体に手を伸ばし、四つん這いだった彼女の体が司馬師に対して真正面になるような向きで抱き起こす。

(……っ)

曹丕によってまざまざと見せつけられる形で女性の裸体を目にした司馬師は、思わず息を飲む。

形の良い彼女の両胸の先端にはクリップが留められていて、器具によって挟まれた女性の乳首は赤く充血し、彼女の呼吸に合わせるようにしてゆっくりと上下に揺れていた。

今までは気付かなかったが、彼女の秘部にも小さな球体を繋ぎ合わせた数珠のような道具が埋め込まれており、膣に入りきらずに外に露出している性具には彼女の体内から溢れ出す愛液が十分すぎるほどに絡みつき、ヌラヌラと妖しい光で濡れている。


(────なんだこれは)


ゴクリ。


ただ見ているだけなのに、誰にも触れられてもいないはずの己の下腹部がビクンッと跳ねる熱い衝動を覚え、司馬師の喉を生暖かい液体が通過していく。


「そそられるだろう?────は私と仲達が丹精込めて作り上げた芸術品だ」


曹丕は満足そうな笑みを浮かべつつ女性の胸に手を這わせ、やんわりと揉みしだく。

曹丕が言葉の中で呼んだのはどうやらこの女性の名前のようだが、何故かその部分だけ司馬師の耳には聞こえない。

曹丕が愛撫を開始した途端、女性の口から『んっ…んっ…』というくぐもった声が溢れ出し、彼女はイヤイヤをするようにして懸命に左右に首を振る。

その弱々しい抵抗の、かえって男の情欲をそそる事といったら。

「……ふ。この姿を見て興奮するという事は、どうやらお前の性癖も普通の男とは違うようだな」

呆然と立ち尽くす司馬師を見据え、全てを見透かすような口調で曹丕が告げる。

そんな曹丕の言葉が事実である事を示すかの如く、司馬師はすっかりこの光景から目を離せなくなってしまっていた。


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