異次元 | ナノ


異次元 
【月下美人】
 




(やばい。どうする?)

行き場もなく隆起する己の股間を見下ろし、清正は呆然とする。

一度こんな風になってしまうと、元の状態に戻すのは容易ではない。

(待つか、それとも…)

このままじっと座り込み、時間の経過と共に自然に落ち着いてくるのを待つという方法もある。

だが、難点はいつになったら落ち着くのか正確な時間がまるで読めない点だ。

ふとした時に女子のパンチラを見てしまったとか、何かの拍子に柔らかい胸が一瞬当たったとか、そういうソフトな刺激によるものならそれだけで完全に勃ち上がる事はまずないし、半勃ちなら治まるのも早いからまだ良しとしよう。

しかし、さっきのはあまりにも刺激が強すぎた。

その上、先程自分が見た光景、聞いた声、様々な情報は未だに自分の記憶に残っている。名無しの息遣いすら思い出せるほど。

こんな状態ではいくら待っていても自然消滅は望めないどころか、無言で座っていたらかえって二人の情事を思い出し、余計に高ぶってしまうだけではないか。

「……くそっ!」

苛立ち混じりに舌打ちし、清正がダンッ、と拳で強く畳を叩く。

明日は朝早くから仕事があるのだ。少しでも早く風呂に入って眠りたいし、余分な事に費やしている時間はない。

(面倒臭いが、やるしかないぜ)

そう思った清正はフーッと深い溜息を吐き、覚悟を決めたようにギュッと目を瞑る。

そして右手を口元に近付け、ペロリと舐めて自らの唾液で指先をたっぷり濡らすと、そのまま下着の中に手を突っ込んで痛いほど張り詰めている自分の性器を直接握った。

(カッコわる…俺……)

それ以前の問題として、久しぶりすぎて感覚を忘れた。これもやばい。

いつも自分がしているやり方がどんな風だったか思い出せず、清正は必死に過去の記憶を探る。

モテモテイケメン武将が多い豊臣軍武将の例に漏れず、清正もまた女性陣からラブコールを受け続け、女に不自由した事のない男だった。

清正が『ヤリたい』と思った時にはいつも身近に相手がいたし、清正とセックスしたいと自分の方から迫ってくる女も山のようにいたので性欲に駆られて自慰をする必要なんて清正にはなかった。

それなので、清正が自慰をするのは戦場に赴いて野宿している時とか周りに女が全然いない状態に限られる。

前回の時から計算すると、実に数ヶ月ぶりの経験だった。

「……っ、く……」

右手を一定のリズムで前後にスライドしていくと、清正の口からくぐもった声が漏れる。

指に絡ませた己の唾液とも先走りの蜜とも分からぬ液体が糸を引き、手の平全体を使って剥き出しの性器になすりつける度にグチュグチュと淫らな音がする。

生身の女とするセックスも勿論好きは好きだが、たまには自分でしてみるのもいいものだ。

相手がある行為ではなく、どこまでも自分本位で、自分が本当に気持ちいいと思う所を一番気持ちいい方法で攻めていける自慰行為には、それでしか味わえない良さもある。

「んっ……う……」

親指を亀頭に添え、人差し指と中指の腹で敏感な裏筋を撫で上げるようにしてグチャグチャと肉棒を擦っていくと、清正の内股が微かに震える。

このままイケそうな気もするのだが、もう少しの所でイケそうにない。

肉体的な刺激だけでは物足りない何かを感じ、清正は思考を巡らせる。

自分の手も悪くはないが、やっぱり生の方がいいかも……。

一度こうした不満が湧き上がってしまうと、なかなか解消する事が出来ない。

リズミカルな動きは止めないまま、何かいいオカズになるものはないかと清正は過去に自分が見てきたデータから丁度いいものを引っ張り出そうと試みる。

(舐めさせたい。女の口に、くわえさせたい)

そう思いつつ一層硬く目を閉じると、清正の脳裏に赤く色づいた女の唇が現れた。

ふっくらとしていて色艶も良く、唾液で濡れたその唇はいかにも男のモノをくわえ込むのに適していそうだ。


『き、よ、ま、さ……』


───名無し……!?


清正の意識の中でぼんやりと人の形をとったそのオカズ≠フ正体は、先程見た名無しの姿だった。


そんな馬鹿な。


清正は必死でその幻影を消そうとした。

なのに、慌てて他のイメージを映し出そうとしても、浮かんでくるのはあれもこれも全部名無しの事ばかり。


何故この瞬間、他の女ではなく名無しの事が浮かぶのか。


どうして────こんな時に。


『俺の骨格鑑定によると、腰の張りといい尻から太股にかけてのラインといいあっちの方もなかなかの名器と見たね』
『ああ。一度くわえ込んだらなかなか吐き出しそうにない。まさに男を狂わせる魔性の壺ってやつだろうね、あれは』


自慰をしている最中、名無しの悩ましい幻影に加え、左近の言葉までが清正の脳裏で延々と繰り返される。

(そうかもしれんな)

正則に聞いた時には何を馬鹿げた事をと思ったが、さっきの名無しを見たら少しは理解出来るような気がする。

なんたってあの三成をあれだけ夢中にさせているのだから。

よほど情事の際は蠱惑的で妖艶な姿態を披露し、その女性器は男の根本まで絡みつく螺貝のような具合の良い名器に違いない。

(名無し……)

そんな事を考えた直後、部屋中にブワーッと月下美人の香りが漂い、清正の思考と判断を余計に鈍らせていく。

名無しの部屋に行く前にも嗅いだこの匂い。

でも、さっきよりずっと甘さが倍増し、匂いも濃くなっているような気がした。

二人の性交を目にした時まるで三成は妖弧の化身のように見えたが、対する名無しはまるで月下美人の化身のようだった。

闇夜に煌めく名無しの白い艶肌は中庭で夜に開花する月下美人の白い花弁のようで、脳天を直撃するほど甘ったるい彼女の声はこの月下美人の甘い香りのよう。

『まさに昼間は淑女、夜は娼婦って感じだなー。男の理想がパンパンに詰まった感じじゃん、それってー!』

初期はつぼみが垂れ下がっているのに開花直前になると自然に上を向いて膨らみ、夕方に芳香を漂わせはじめるというのが月下美人の特性だとするならば。

昼間執務に勤しむ楚々とした名無しの姿は、まだ開花前の蕾のよう。

交合時、男の求めるままにゆっくりと白い両足を開き、男を惑わせる妖婦のように変わる名無しの媚態は、時期が来ると受精のために甘い香りでコウモリや昆虫を引き寄せる月下美人のよう。

あの時は三成が狐のあやかしで、名無しはそれに魅入られた人間の娘のように思ったが。

見方を変えれば三成の方が夜の森を彷徨っていた時にその可憐な容姿と甘い香りに誘惑され、すっかり月下美人の傍を離れられなくなった妖狐のようにも思えないことはない。


どっちが本当の加害者で、どっちが本当の被害者なのか。


誘惑したのは誰だ。魅入られたのは─────?


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