異次元 【月下美人】 「ひっく…三成のイジワル……お願い…もう…虐めないで……」 「元はと言えばお前が悪いんだろう?名無し。お前があんな事言い出すから…」 「ああーん…ごめんなさい三成…だって…だってぇぇ……」 三成が熱い吐息混じりに名無しの耳元で囁くと、名無しの頬がサァッ…と紅潮し、名無しの瞳から溢れる涙がポロポロッと零れ落ちて彼女の服と布団のシーツにゆっくりと染みを描いていく。 可愛い。たまらなく可愛い。 名無しのそんな素振りにさえ、三成と清正はハートをギュウッと素手で掴まれたみたいにときめいてしまう。 「名無し。言えよ…他の男に抱かれるのは嫌なのか?」 辛抱溜まらないといった様子で三成が名無しを強く抱き締め、彼女の耳の穴に濡れた舌先をヌルリと差し込むと、男の声と舌に感じているのか名無しの内股がブルッと震える。 「…ゃ…、あああ…いや…いや……ぁ…」 ギュッと固く瞳を閉じて、溶けそうな声で繰り返す名無しの姿を見下ろし、三成が満足そうに眼を細める。 「聞いたか?仕方のないやつだ。俺以外の男は嫌だそうだ」 名無しと自分の両者にダメージを与える為だけに三成が打った彼一流の芝居だった事に気付き、清正の全身は瞬く間に激しい怒りの炎に包まれた。 (殴りてえ) その事実を悟った刹那、清正の体内に黒い衝動が湧き上がり、自分でもどうにも出来ないくらいの凶暴な力が清正の全身に満ちていく。 名無しと三成の行為が合意の上だったのかとか、それとも無理矢理だったのかなんて正直もうどうでもいい。 ここで何もせずに黙ってすごすごと退散するのはご免だ。尻尾を丸めて逃げ帰るようで、男として我慢しがたい屈辱だ。 そう思い、血が滲みそうな程にグッと拳を固めた清正の行動をストップさせたのは、三成の腕の中で小さく震える名無しの存在だった。 男の行為から逃れる事も出来ず、為す術もなく両足を抱えられている名無しの姿は、その哀れな構図に反し恐ろしいほどに淫らで扇情的だった。 「見……い、で……」 清正の視線に気付いた名無しが、細い声で切れ切れに懇願する。 「き、よ、ま、さ……」 「!!」 舌足らずな声で名前を呼ばれ、清正の視線が名無しの赤い唇に縫い止められる。 その時の名無しの声は、今まで彼女に名前を呼ばれたどんな時よりも妖艶で色っぽくて、男に媚びるような甘い色も入り交じっていた。 「や…ぁ……。清正……見ないで……っ」 「……っ!!」 「お願い…清正…いやぁぁ…見ないで……」 ひっく、ひっく…と泣きじゃくりながら、名無しが涙を流して訴える。 三成をぶっ飛ばすだけの事なら、清正にとっては簡単な事。 だが、名無しが涙に濡れた目で自分を見つめ、必死に見ないでくれ≠ニ懇願しているのを無視してこの場に留まり続ける事は、名無しを可愛いと思えば思う程清正にとっては困難な事だった。 相手が嫌がっている事をするなと先刻三成に詰め寄ったのは、他ならぬ自分ではないか。 今ここで名無しの望みを突っぱねて自分がしたいようにするというのなら、自分の発した言葉が嘘偽りになってしまう。 「名無しがここまで嫌がっているんだ。女友達の頼みは素直に聞いてやれよ」 目が覚めるような美貌に勝ち誇った笑みを貼り付け、三成がグイ、と顎を上げて戸の方向を示す。 邪魔だからさっさと出ていけ、と言うのだ。 さっき三成が見せた名無しを見下ろす熱い眼差しは、愛しい恋人の愛情を確認しようとするような男の目だ。 他の男には決して盗られたくない、渡すものかという三成の目。 つまりは、最初から名無しを清正に抱かせる気なんてさらさらなかったという事なのだ、この男は。 「いつまでそんな所でつっ立っているつもりだ」 嫌味を含んだ声を投げかけられ、清正が三成をキッと睨む。 「それとも、名無しがイクところまで一通り見ていきたいのか?」 ガラガラッ。 ピシャッ!! どうやってその場から離れ、部屋の外に出て行ったのか、詳しい事は覚えていない。 戸を閉めた直後名無しの嬌声が聞こえ、甘ったるい喘ぎ声が耳に届いたような気がするが、清正はそれを無視した。 それまで堪えていた熱く、激しく、ドス黒い衝動と、制御不可能な灼熱のマグマのような『何か』が清正の脳と下腹部に同時に流れ込む。 これで本当に良かったのだろうか。 自分の選択は、これで本当に正しかったのか。間違ったのではなかったか。 あの時、三成を殴っていたら。名無しを救出していたら。 逆に、最後まであの場に残っていたら。三成の誘いに乗って、自分も参加していたら……? (馬鹿げてるぜ) 色々な考えが浮かんでは消え、また新しく浮かんでは消えていく。 その全てを払拭するようにして清正は歩いた。長い廊下を、ひたすら歩いた。 ああ、三成の高笑いが聞こえるような気がする。きっとあいつ、今頃勝利の余韻に浸っているに違いない。 不愉快だ!! 普通に自分の部屋に戻れば良かったのだが、混乱していたせいなのか、清正はつい素直に通って来た道を戻ってしまった。 清正がそれに気付いたのは、彼の鼻腔を甘い匂いが掠めた直後。 月下美人が咲き誇るあの中庭の一角に、再び足を踏み入れてしまってからだった。 (……!気持ち悪りぃっ) 大嫌いだ。この匂い。 ドッと鼻腔に流れ込む甘い匂いから逃れるように、清正は条件反射的にその辺にあった手頃な空き部屋に入った。 (頭が痛い) シンと静まりかえった室内に自分以外誰もいない事を確認すると、清正はドン、と壁にもたれ、そのままずるずると畳の上へ崩れ落ちていく。 完全に腰を下ろし、だらしなく両足を投げ出した体勢の清正は、ふと己の下腹部を見た。 「……本気で言ってんのか……?」 力なく呟いた自分の低い声が、どこか遠くで聞こえてくるような、まるで現実味を伴わないような響きに感じる。 しかし、己の体にこもるこの熱は、疑う余地もなく現実≠セ。 「有り得ない……本当に……」 甘く尾を引くような名無しの鳴き声が今にもすぐそこから聞こえてきそうで、清正は両手で自らの耳を塞ぐ。 完全に熱を持ち、充血している。 触れて確かめるまでもなく、股間が勃起しているのを清正自身分かっていた。 きっと生理的な事だ。本能的な事だ。 名無しがどうこうとか自分がどうだとかそんなんじゃない。他人の性交を見てしまったから。 そう。だから、自分の意思に反して─────こんな事に。 [TOP] ×
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