異次元 【月下美人】 これがもし名無しが心底嫌がっているというのなら、清正にだって一矢報いる事が出来るだろう。 このまま三成達の所まで走っていって一気に距離を詰め、硬く握った拳で三成の顔面を力一杯殴りつけ、不埒な行いから名無しを救出してやればいいのだ。 だが名無しがもし三成との情事を内心望んでいるのなら、そんなものはただの余計なお節介ではないか。 「毎回こうだという訳ではない。これは仕置きだ。この女が俺に不愉快な思いをさせたので、その罰として辱めを与えた」 「仕置き…だと…!?」 男の言葉に動揺している清正とは反対に、憎らしいほどに冷静な、どこまでも無機質で無感動な三成の眼が清正を見やる。 「こいつ、俺にお前と仲良くして欲しい≠ニのたまった」 よりによってお前とな。 そう強調するようにして言葉を重ね、三成は続きを告げた。 「同じ軍に所属する人間同士もっと仲良くして欲しい、あまり喧嘩をしないでくれ。三成も清正もどちらも自分にとって大切な人間だから。どちらも同じくらいに大好きな人間だから───だとな」 瞬間、武者人形のように端整な三成の容貌に、ゾッとするような凄味が走る。 「笑えるだろう?」 三成はそう言って唇を歪めるが、清正は全く笑えない。 「何が同じくらいに大好きだ。俺と他の男が同等に扱われるなんて不愉快もいいところだ。そんな発言をハイハイと笑って許せるほど、俺は寛容な人間ではない」 三成の声が、苦い笑いに掠れる。 しかし、先程から変わらずに清正を見つめ続ける三成の鋭利な双眼は、僅かな笑みさえ浮かべていない。 (────嫉妬……!?) 三成の眼で黒く燃える炎の正体に気付き、清正の喉が緊張感でゴクリと鳴る。 同じ男という同性の立場から考えてみるに、多分、三成は許せなかったのだ。 自分の女が他の男を引き合いに出して『どちらも同じくらいに大切で大好き』と述べ、『お願いだから仲良くしてくれ』と懇願してきたのが不愉快で仕方なかったのだ。 他ならない犬猿の仲≠ナある清正だったから、余計に。 「名無しがそういうつもりなら別に良い。清正と仲良くしてやってもいい。名無しのお望み通りに動いてやる」 愛猫を可愛がる時と同じく、円を描くようにして名無しの喉元をいじりながら三成が言う。 「だからお前にも名無しを抱かせてやろうと思ってな。三人で楽しもうと言うんだ」 自分の女を共有するなんて、これ以上ないほどに手っ取り早い『仲直り』の方法だろう? 低く笑った三成の眼が、名無し越しに清正を見る。 ほんの1秒、2秒や3秒そこらの三成との視線の絡み合いに、清正は背中へ氷塊を押し付けられたような寒気を覚えた。 (こいつ、名無しを追い詰める為にわざとやっているのか) あまりの事に、清正は絶句した。 自分が名無しに与えられた不快感と苦痛がどれほどの物なのかを、彼女に身を持って分からせるために────そんな事を。 「貴様、外道か……!!」 ギリッ、と切れそうな程に奥歯を噛み締め、清正が面前の三成に罵声を投げる。 「ふん。罵声が心地良い」 不機嫌さを露わにして三成を罵倒する清正を見据え、三成が黒い笑みでニヤリと唇を歪めた。 豊臣軍でも1,2を争うと言われるほどに端麗な容姿を持つ三成は、目にも麗しい美男子だ。 しかしその美しさがあまりにも人間離れしすぎていて、まるであやかしのようで、清正は三成に対する説明しがたい感情を抱いていた。 (佐和山の狐) 三成の通り名を思い出した清正の脳裏に、以前何かで聞いた神話が蘇る。 清正が思い起こしたのは九尾の狐=B 九尾の狐はその名の通り9本の尻尾をもつ妖狐のこと。狐の妖怪だ。 九尾の狐にまつわる話はいくつかあるが、殷の紂王を誘惑して国を滅亡させた妲己や、古代インド西域の王子・班足太子の妃になった華陽夫人を例とするように、いずれも『九尾の狐=絶世の美女に変身する』説が多い。 でも、もし九尾の狐が化けるのが美女だけの話じゃなくて、美男子に化ける場合もあったらどうだろう? そう思うと、清正には目の前にいる三成という男が俄然九尾の狐の変化体のように見えてきた。 馬鹿げた話に思えるかもしれないが、それくらいに妖しくて残忍で冷酷で、人知を超えた才知と美しさを感じる存在なのだ、石田三成という男は。 狐の面を思わせる、どことなく狡猾そうで知性に満ちた切れ長の瞳とすっと通った鼻梁。 触れたらたまらなく心地よいだろうと思わせる明るい茶色の髪の毛は、狐の毛皮にそっくりではないか。 じっと目を凝らして三成に意識を集中すると、今にも男の頭から二本の耳が生え、彼の後ろでゆらゆらと9本の長い尾が揺れている錯覚にすら陥るほどだ。 完全に場の支配権を掌中にし、名無しを己の自由にしている三成の姿は、さながら人間の女から生気を吸い取って生きる妖狐の化身のよう。 そして壊れた人形のように喘ぎまくり、三成のされるがままになっている名無しは魔性に魅入られた哀れな犠牲者のようで。 「ああーんっ…」 名無しの腰を掴み、三成が彼女の体を上下に揺する度に、真っ赤に濡れた名無しの唇からは泣き声に近い喘ぎが漏れる。 クチャッ…グチュッ…ジュブッ…と音がする。 「前戯は十分にしてやった。股までベタベタに濡らしているから、突っ込むだけで簡単に入る。感謝しろよ」 見せつけるようにして名無しの両足を広げ、三成が笑う。 馬鹿にしきった三成のあしらいに、清正の体温がさらに上昇する。 三成が彼女の中から己の物をズル、と引き抜こうとした途端、名無しが身を捩って抵抗した。 「あんっ…あああ…イヤ……」 色っぽくて可愛くて、艶めかしい名無しの声。 男の下半身に直接訴えかけてくるような彼女の淫靡な声は、清正が名無しのそんな淫らな姿態を凝視するほど、三成が彼女を責めれば責めるほど色っぽさを増していく。 「ん…?どうした名無し。嫌なのか?あいつに抱かれるのは」 普段の彼には到底似合わない、優しさすら感じさせる声で、三成が名無しの耳たぶを甘噛みしながら問う。 聞き分けの悪い子供をあやすようにして男の手でそっと頭を撫でられ、名無しは子供のように何度もコクコクと頷く。 「い、イヤっ……三成……いやぁぁ……」 「…名無し…」 「ひ、ひどい…三成…どうして……ひどい事言うの……。こんな…ひどい事、するの……?」 名無しの瞳は哀しみで染まり、顔は涙でグチャグチャである。 三成はそんな名無しを見て興奮しているのか、嬉しいのか、熱を帯びた瞳でうっとりと名無しを見つめていた。 [TOP] ×
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