異次元 【籠の鳥】 「信長様。ご報告に参りました」 夏から秋へと季節が移り変わろうとしている、ある日の朝。 私は主君である信長様の部屋に単身足を踏み入れて、畳の上に片膝を付いて連絡事項を申し上げていた。 「つい先ほど、露姫様御一行が出発されました。天候も良い事ですし、このまま何事もなければ今夜中にはあちらの城に到着される予定です」 「ご苦労であったな、お蘭。跳ねっ返りの我が儘娘の相手を務めるとあれば、相当疲れた事であろう」 「いえ…とんでもありません。私のような小姓が露姫様のお世話役を仰せつかるなど、身に余る光栄です」 主人からかけられた労いの言葉に、礼の形を取ったままさらに深々と頭を下げる。 すると、そんな私達の会話を信長様の隣で聞いていた濃姫様が、フフッと妖艶に微笑んだ。 「いくら可愛い愛娘とはいえ、あまりの放蕩ぶりにご両親も相当参っていらっしゃるそうよ。蘭丸も本当は苦労したんでしょう?」 会話の合間に軽く足を崩し、濃姫様が私に問う。 仕立ての良い着物の裾から、眩しい程に白くて長い足が見える。 妖しい風情をたたえた流し目といい、大きく開いた襟から覗く豊満な胸元といい、『覇王の妻』という称号に相応しく、濃姫様は蠱惑的な色香を備えた美女だった。 「血の繋がりは殆ど無い遠縁の人間だとしても、織田の流れを汲む人間にそんな小娘がいては少し困るわね。いっその事、蘭丸にお灸を据えてもらえばいいじゃない。その方がよっぽど彼女の為になるわ」 煩わしげな顔で呟いて、濃姫様が片手で髪飾りの位置を僅かに直す。 そんなちょっとした日常的な仕草ですら、彼女がすればたまらなく色っぽく見えてくる。 「お濃…うぬは本当に混乱が好きな女よの。だが、むやみにお蘭を煽るでない」 今まで黙っていた信長様が、妻の発言を聞いて一瞬眉を歪めた。 「こやつは一見女のようにたおやかな顔をしているが、その実はうぬに負けず劣らず激しい気性の持ち主なのだ。困った親類を躾け直す事には儂も異存はないが、その役目をお蘭に任せてはどうなる事か。儂には容易に想像が付く」 「ふふっ…別にいいじゃない?それで問題児の矯正が出来るなら。いいわ、蘭丸。貴方の気が進まないと言うのなら、私が直々に露姫とやらの調教をしてあげる。覇王の一族に見合った器を持った女になるように、私が大人の礼儀作法をたっぷりと教えてあげる」 ニヤリと唇の端を吊り上げた濃姫様の双眼が、妖しい闇の輝きを映し出す。 私なんかが露姫様の指導役を承るより、そちらの方がよっぽど恐ろしいと思うのだが。 具体的には一体どうされるおつもりですが、とお尋ねしたい気もしたが、余計な口は挟まない方が利口だと判断した私はすぐに考えを改めた。 「ふむ……どうしたものか」 信長様は心なしか興奮気味の濃姫様を横目で見ると、何かを考え込むような素振りを見せる。 (……あれ以上は、どうもしませんけどね) 信長様の声に返事を述べるかの如く、私は下を向いたまま心の中で呟き返す。 実は濃姫様に言われるまでもなく、私は露姫様をすでに一度だけ酷い目に遭わせていた経験者だったのだ。 信長様の遠縁の親戚筋にあたる露姫様は、一言で言うならば非常にクセのある女性だ。 信長様やお市様を始め美形が多い一族として有名な織田家だが、遠縁とは言えど一応はその血を引く彼女もなかなかの美少女で、一見魅力的な方にすら見える。 しかしその内に秘められた性格は性悪で、かなりの問題児だったのだ。 両親の言い付けは一切守らない。家臣の忠告も一切聞く耳持たない。 気に入らない女官はとことんいびり倒し、自分の言うなりにならない男にはカッとなって当たり散らし、陰惨な『お仕置き』をする。 この世の全ての物事は、何が何でも自分の思い通りにしてやらなければ気が済まない。 ここまでの問題点を書き連ねても、どれほど彼女が困った女性なのかという事が分かるだろう。 しかもその上かなりの男好きだった露姫様は、まだ年若い身でありながら、未婚であるのをいい事に毎晩のように男を自分の寝所に引っ張り込んでいた。 この時代、嫁入り前の娘が何たる事かと責められても仕方がない露姫様の態度だが、残念な事に彼女の両親は彼女に対してどこまでも甘かった。 元々彼女の母親となる女性が体質的に子供の出来にくかった事もあり、何年も夫婦で子作りに励んでようやく授かったのがこの露姫様だったのだ。 それから後に世継ぎの男子が無事産まれたものの、散々苦労して初めて授かった子という事もあり、彼女の両親はそれこそ目に入れても痛くない程に彼女の事を可愛がってきた。 その結果。 周囲の臣下達もそんな主人達の手前、正面切って彼女の行いを非難する事も出来ず、露姫様はワガママと自己顕示欲の塊みたいな女性に成長を遂げる事となる。 この城には普段から割と織田の一族が訪ねてくる事もあり、信長様の遠縁にあたる彼女が遊びに来る事自体は何らおかしい事でもない。 しかし、何故かこの女性。 初めて私と出会った当初から、私の事をメチャクチャ気に入っているご様子。 たまたま私が彼女好みの顔をしていたのか、彼女好みの体つきなのかは知らないが、自分がこの城にいる間はずっと私に自分の相手をさせようとする。 当然の事ながら、私はこのようにツンツンした女性は好きではないし、我が儘な女性も好きではない。 己自身が信長様に仕える身であって、それでいて彼女が信長様の親類縁者でなければ絶対に口も聞かなかったであろうタイプの女性だ。 それでも私は『これも仕事』と割り切って幾度となく彼女の話相手をしていたのだが、次第に彼女は本格的に私を口説きだし、自分の愛人の一人になってと迫ってきた。 (……面倒な事になったものだ) 全くその気がなかった私はいつも適当な理由をつけて彼女の誘いをかわしていたが、そんな私の煮え切らない態度にしびれを切らした露姫様はとうとうある晩私を寝所に呼び出した。 露姫様のお呼びとあらば、私は立場上────行くしかあるまい。 しかし、最終的にはどうやって断ろう。 様々な思惑を巡らせながら必死に対処法を考案していた私が露姫様の寝所に着くと、彼女はすでに寝間着をはだけた姿で素肌をさらけ出していた。 『何ボサッとそんな所に突っ立っているのよ。さっさとこっちに来て。早く舐めて。……蘭丸』 命令的な口調でそう告げて、彼女は私の前でゆっくりと白い両足を開いていく。 それと同時に寝間着の裾がはらりと左右に流れ、露姫様の局部が丸見えになった。 [TOP] ×
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