異次元 | ナノ


異次元 
【月下美人】
 




「ったく、これだけモテんのに本人達はこれだから。前から思ってたんだけどこの城ってやたらといい男が多いんだよなー。ライバル多すぎ」

洒落にならねえぜと呟いて、正則が一人手酌で酒を注ぐ。

正則自身、一見ツッパリ風の硬派なリーゼント姿と人一倍情にも厚く涙もろい憎めない性格とのギャップもあって友人の多さだけでなく女性陣からの人気も高いのだが、彼の発言通りこの城にはとにかくイケメンのライバル達が多い。

先刻冷静な言葉で正則を窘めていた立花宗茂という人物もまた目が覚めるような美貌を誇る男性の一人であり、見た目の良さだけでなく常に涼しげな余裕をたたえ武道にも優れたハイパーイケメンっぷりに虜になる女性達は後を絶たず。

同じく豊臣城で女性に人気のイケメン武将と言えば真田幸村や浅井長政といった若手武将も外せない。

体育会系特有の快活さと爽やかさを秘めた礼儀正しい好青年っぷりが光る幸村は女性陣からの信頼度も好感度もめちゃくちゃ高く、異国の王子様のように輝く金髪と彫りの深い端整な美男子の長政は女性に優しいフェミニストっぷりも相まって女達の羨望の視線と黄色い悲鳴を浴びまくりだ。

「清正だろ、宗茂だろ、それに幸村、長政、左近もモテるし、兼続も人気あるし。あと誰だ…そうそう、三成!あのヤローもなんか知らねーけど女人気やたら高いんだよなー」

納得半分、納得いかない思い半分といった面持ちで正則がブチブチと零している相手は豊臣の軍事参謀を担当している名軍師・石田三成。

優れた才覚を持つ高潔な理論家であり、戦においてはその場の状況に応じて様々な策を繰り出して豊臣軍を勝利に導く彼は冷たく冴えた武者人形のような妖しい美貌の持ち主でもある彼。

その妖艶な流し目とクールな口調、つれない態度は女性陣───特にMっ気のある女達から強烈に支持されている。

「あいつ、性格キツイし口も悪いクセして顔だけはおキレイだからなー。きっとあの顔と強気でサド気質な所に騙されて女はコロッといくんだろうなあ」

三成も正則も清正も同じ豊臣子飼いの将という事で立場的には共に同じ君主に仕える同志といった関係なのだが、仲良しこよしかというとそうではない。

清正も正則も一本筋の通った意志の強い性格で、それが転じて意固地な側面が出る事があるのだが、石田三成という男も二人と同じくらいに意固地な一面を持つ為、豊臣の武将同士でありながら彼らはしばしば衝突していた。

正則でなくても、仲のいい相手が褒められるのは特に悪く思う所もないが、気に食わない相手の人気が高くてあちこちから賛美の声を漏れ聞くのは大抵の人間にとってあまり面白くない物だろう。

「お!……そういえば」

自分の言葉に何かを思い出したように、正則が周囲にぼんやりと視線を泳がせつつ言葉を紡ぐ。

「三成と言やあ、本人にその気がなくても周りの女が放っておかねーし言い寄る女も山程って感じで相当派手に遊んでいたみてえだが、ある時を境にプッツリ夜遊びが減ったって噂を聞いたな」

正則の説明によると、三成は夜に城の女と過ごしたり城を出て花街に出かける事がめっきり減ったのだと言う。

三成はもともとガツガツしたタイプの男性ではないが、それでも同僚の左近達に誘われたり彼自身の気が向いた時には気分転換を兼ねて娼館を訪れる事もあった。

しかし最近の三成は左近達の誘いを受けてもあまり積極的な姿勢を見せず、それまで彼の相手を勤めていた城の女官達も『最近全然三成様がお部屋に呼んでくれなくて…』と皆一様に寂しげな顔で嘆いているらしい。

「それもあって、どうやら決まった女が出来たんじゃねーかって噂も出てるみたいだぜ」

本当かどうかはシラネーけどよ、と念を押した上で正則が呟く。

「三成に決まった女が?まさか……信じられんな」

正則の言葉を聞いてしみじみと漏らす清正の声は、100%疑念の色に満ちていた。

「前から思ってたがお前は人の噂話を信じすぎなんだよ、馬鹿。これモンじゃないのか?」

と言って清正は自分の指をぺろりと舐め、そのまま指先を眉に持って行って眉唾≠フ合図を示す。

正則や幸村のような一途で熱血タイプの男性ならいざ知らず、三成のような男性が特定の相手を作るなど政略結婚でもない限り有り得ない話だ。

「あの男に限って本当にそんな事があるとは思えんが、もし真実だとしたら面白い」

だが宗茂は逆にその噂≠楽しむような余裕を見せ、正則の話に便乗した。

「三成ほどの男なら女には不自由しないはず。その三成を他の女に目移りさせる事もなく、繋ぎ止めておける女がいるのであれば是非会ってみたい」
「だろだろっ!?気が合うじゃねえの。俺もそう思うぜっ。どんな女か、この目で一度見てみてーよな!!」

長い指先で顎を撫で、含みのある声音でゆったりと告げる宗茂に、正則が身を乗り出すようにして賛同する。

「そうか?俺としては見るだけではつまらない。どんな『道具』で三成を惑わせたのか、実際にお相手願いたいものだ」

男の言葉の終わりに、卑猥な嘲笑が混じる。

湧き上がる純粋な好奇心で目をランランと輝かせる正則とは異なり、宗茂の胸中を満たすのはそれよりさらに突っ込んだ衝動のようだ。

「お前…まさか他人の女に手を出す気か?」

宗茂を見る清正の眼光に、微かな疑念と侮蔑の色が浮かぶ。

まだ三成に本当にそんな相手がいると決まった訳ではないのだが、仮定の話だとしても他人の女に興味を持つというのは曲がった事が嫌いな清正にとって聞き捨てならない話だ。

「恋愛は本来自由競争だ。それに、何事も試してみなければ分からない」

そんな清正の憤りをよそに、しれっとした顔で宗茂が答える。

一見きちんとしていたり几帳面な性格に見えた相手が、同棲して一緒に住むようになった途端にだらしなくてみっともない姿をさらけ出し始めるのはよくある事。

だからこそ、性格的にも体の相性的にも相手の上っ面だけで判断するのではなくて、実際に様々な方面から試してみなければ正確な判断は付かない。

その点、男と女が一番てっとり早く互いの事を分かり合える便利な方法がセックスだろう?と宗茂は言った。


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