異次元 | ナノ


異次元 
【堂々巡り】
 




「子上…、本当にいいの?何だか本心じゃなさそうに聞こえるんだけど…」
「そんなことないって。俺も行ってみたいと思ってたし。ただ、ほら、俺は男だからああいう店は連れがいないと入りづらいっていうか」
「そう…なの?無理はしなくていいんだよ」
「行く。俺が一緒に行くから」
「もしあれなら、他の人を誘ってみるから気にしないで。憲英とか、王異とか、子元とか、鍾会とか……」
「やめろ。俺以外の男を連れて行くなんて絶対に許さないからな!」

ほとんど反射的に声を荒げてしまった司馬昭の態度に名無しは驚愕したようで、目をぱちくりさせていた。

「す、すまん……。そんなつもりじゃ……」

司馬昭はハッと我に返り、慌てて謝罪する。我ながらこの反応はない、と舌打ちしたい思いに駆られた。こんな言い方をしたら、まるで嫉妬深い男みたいだ。

「……悪い」
「ううん、私の方こそ変なお願いをしてごめんね」
「違う、名無しは悪くない。……俺が悪いんだ。ごめんな」

男が謝ると、名無しは首を振って否定する。

「けど、嬉しい。私もね、一緒に行くなら子上がいいなって思っていたの」
「!?」

彼女の思わぬ発言に、司馬昭は息を飲む。ドキドキと胸が高鳴る。

「……本気で言ってるのか?」
「うん。子上って、城下町にすごく詳しいもんね。それに新しいお店の事もいっぱい知っているし。だから、一緒に来てくれたらすごく頼もしいなって思って」

何だよ。そっちか。そっか。そうだよな……。

司馬昭はこっそり落胆する。とはいえ、贅沢は言っていられない。これはこれで良しとしよう。名無しと二人きりで出かけられるのだから。

「商人さんが言っていたんだけどね、そのお店、お金を払えばメイドさんの服を着る『メイド体験』が出来るんだって。それで……」
「……?」
「子上がそんな風に言ってくれるなら、一回挑戦してみようかな」
「!!」
「着替えの間、ちょっと子上を待たせちゃうことになるし、全然似合わないかもしれないけど……。いいかな?」
「あ、ああ。うん、いいぜ」

おお────、神よ────!!ありがとう!!!!

司馬昭は神に激しく感謝した。まさに天にも昇る気持ちだった。今、この世界で最も幸せな男は俺だと断言できるほどに!

「それとね子上。もう一つお願いがあるんだけど…」
「ん?」
「実はそのお店、同じ系列店で『執事喫茶』も経営しているらしいの。その関係で執事服もお店に用意されているみたいで、お願いすればメイド体験だけじゃなくて執事体験もできるんだって」
「へえ…?」

そうだったのか。全然知らなかった。もしかしたら店員から初回に説明があったのかもしれないが、可愛いメイドしか眼中になかったので、男の話題には全く興味がなくてスルーしていた。

「もし良かったら、その執事体験を……、子上にお願いしたいんだけど、どうかな?」
「は!?」

つい疑問符が出てしまった。そんな司馬昭の返答に、名無しは慌てて付け加える。

「あ、あのね!子上が嫌なら無理にとは言わないよ?でも、せっかくなら子上もどうかなって思って。私一人だけでメイドさんの恰好をするのは恥ずかしいなって思って、そのっ」

カーッと頬を真っ赤に染めて、名無しが躊躇いがちに言い募る。

そんな彼女の様子が夢の世界で目にした『恥じらうエロメイド姿の名無し』を思い出させて、司馬昭の気分は高揚した。

「分かった」
「……!」
「やる。俺、執事になるよ」

きっぱりと言い切ると、すぐさま名無しの表情がパッと輝く。

「ありがとう!嬉しい……!」

喜色満面という言葉を体現するかの如く、全身から喜びを発散させているかのようなこの笑顔。

やっぱりこいつは可愛い。可愛すぎる。今すぐ押し倒したい。俺のものにしたい。

司馬昭は湧き上がる欲望を抑えながら、努めて冷静な物言いで念を押す。

「着るのはいいけどさ、俺も似合うかどうかは分かんねえぞ。あんまり期待するなよ」
「それでもいい。子上が執事さんになってくれたら、私、すごく嬉しい」
「……なんで?」

俺みたいな男が執事になったところで、名無しがそこまで喜ぶ理由なんてないだろうに。

男の問いに名無しは少々迷ったように視線を彷徨わせたが、やがて意を決したように語り出す。

「だって子上は一流の俳優さんや役者さんみたいにとっても背が高いし、肩幅もあって足も長くて、何を着ても良く似合うもの。そんな子上が執事服を着てくれるなら、きっと本当にカッコ良くて素敵な執事さんの姿が見られると思って」
「……。」
「だから、お願い。ねっ?」

最後にそう告げて両手を合わせた後、名無しは司馬昭に向かって深々と頭を垂れた。

……あ……。申し訳、ございません……。その、ご主人様のお姿があまりにも……
……あまりにも、素敵で、カッコ良くて……私、つい見惚れてしまって……

熟れたリンゴのように顔を真っ赤に染めながら、名無しが夢の中で司馬昭に向かって放った台詞が男の脳裏によみがえる。

その記憶がフラッシュバックした瞬間、司馬昭の体温は一気に急上昇して、身体中から汗が噴き出してきた。

ヤバい。思い出したらまた勃ってきた。というか、勃った。完勃ちだ。

この女は、一体どこまで自分を喜ばせたら気が済むのか。というか、どこまで俺を煽れば気が済むんだ!?

あーもう、本当にダメだ。我慢の限界だ。今すぐ押し倒したい……!

「…!子上…、どうしたの?何だか辛そうだね。やっぱり体調がまだ悪いのかな」
「……ぐ……」
「熱はなさそうだったけど…もしかしてお腹が痛いの?大丈夫?」

名無しは揺れる瞳で司馬昭の双眼を覗く。彼女の視線を感じた途端、下半身が更に反応して、既に臨戦態勢に入っている息子がビクンと跳ねた気がした。

黙ったまま体を折り曲げるようにして深く俯く男の姿に、名無しはさらに眉尻を下げた。どうやら本気で彼の身を案じているらしい。

そしてあろうことか、おずおずと男の腹に手を伸ばし、大丈夫?と言いながらゆっくりと臍から下腹部の辺りを撫で始める始末。

いやいやいやいや。あと少し下がったら勃起したチンコの先端がそこにあるんですけど?

ここでそう来る……?お前って意外と大胆だよな。っていうかお前、さては分かっていてやってんのか……?

「名無し……、お前さあ……」
「えっ?」
「いや、何でもない」

司馬昭は何度か頭を振って煩悩を振り払う。このまま彼女に触られていたら、本当に理性が飛んでしまう。

その前になんとかして落ち着かなくては。そうだ、こういう時こそ九九を唱えるんだ。九の段は9、18、27、36……。違う、そうじゃない!

「あのな、名無し」
「はい?」
「あんまり男の腹部を気安く触るなよ。俺はいいけど、他の男は。絶対に」
「え……、でも、お腹の具合が悪いなら……」
「心配無用。大丈夫だから。もう落ち着いた。というより、そもそも腹痛じゃない。だから、頼むからマジで約束してくれ。切実に」
「う、うん……。分かった」

司馬昭の必死の形相に、名無しは素直に頷く。彼女の手が離れていくのを確認して、司馬昭はようやく安堵した。

ああ良かった。本当に良かった。あのままだと本気でどうなっていたのか分からない。ギリギリだったぞ!?

(……こいつ、本気で俺のことどう思ってんだろ)

司馬昭は名無しの顔をまじまじと見つめる。彼女は未だに戸惑いの表情を浮かべ、こちらの様子を心配そうに伺っていた。


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