異次元 | ナノ


異次元 
【堂々巡り】
 




「本当だよ。というよりも、私だけじゃなくて同じように思う女性も結構いるんじゃないかな?可愛い子とか綺麗な女性は同性から見ても素敵だなあって思うし、自分もあんな風になれたらいいなって憧れちゃう。あの人が着ている服ってどこで売っているのかな?とか、普段どんな化粧品を使っているんだろう、朝晩のお手入れの仕方とか教えて欲しいなって、あれこれ興味を惹かれるし。……こういうの、変かな?」
「別に……、変じゃないけど」

そういう主張であれば、名無しの気持ちも全く分からないという訳ではない。

イケメンの集まる場所に行ってみたい、イケメンと仲良くしたいなどという気持ちは毛頭無いが、身内である司馬懿や司馬師、先輩武将である夏侯惇や主君である曹操みたいに同じ男として尊敬の念を抱く、憧れるという感情には覚えがある。

いわゆる『男も惚れる、男の中の男』『男目線から見た真の男前』という同性は世の中に存在するし、そう考えればむしろ健全な意見だと司馬昭は思う。健全な思考回路を持つ名無しを、純粋に好ましいと感じた。

だが、同じ店に対する思いでも明らかに自分と名無しの見方は違う。求める物も違う。

何だか少し寂しいような、悲しいような気分になり、司馬昭は無意識のうちに唇を噛む。

「えっと…ごめんなさい。やっぱり、ちょっと変なこと言っちゃったのかな」

名無しが不安げな声で聞き返す。そんな彼女に、司馬昭は曖昧に笑ってみせた。そして頭の中で考える。どう答えたら良いだろう、と。

名無しは『他の人に聞いた』と言った。事情を知る人間に聞けば、自分がメイド喫茶に通っていることもいずれは分かるだろう。

下手な嘘を吐いてもすぐにバレてしまう。ここは正直に、包み隠さず話した方が良いのかもしれない。

でも……。

「……あのさ。名無し」
「なあに?」
「その、お前はさ、そういうメイドさん達を見るだけで満足なの。私もそういう服を一度でいいから着てみたいなーとか、そんなことは思ったりしないわけ?」
「……!私が……?」
「じゃあさ、もし仮に、仮にだぞ。その……俺がそういう店に連れて行ってやったとしたら。お試しでそういう服が着られるとしたら、お前はどうする?」
「……私がメイドさんの格好をするの?」
「ああ」
「えっと……」

名無しは、うーんと悩むような仕草をした。そんな彼女の態度を見ながら、司馬昭は強く祈る。

頼む、着てみたいと言ってくれ。

そこまで乗り気ではないとしても、せめてまあ、機会があれば∞そのうちね≠ンたいに少し期待を持たせた上で聞き流してくれ。

そうじゃないと俺はへこむ。だって俺は、お前に着て欲しいんだよ。

「……それはちょっと、恥ずかしいかな……」

それなのに願いは届かず、男は深々と嘆息する。

いや、そうだよな……そりゃそうだよな……だって名無しだもんな……、と自らに言い聞かせた。

そうこうしてる間にも名無しは彼女なりにあれこれと考えを巡らせているようで、独り言のように呟く。

「だってあんなに可愛い衣装、私には全然似合わないんじゃないかな。ああいうのは元々すっごく可愛い美少女とかスタイル抜群の美人が着るから素敵なのであって、私じゃ到底無理だよ。頑張って着てみても絶対に浮くだろうし、皆に笑われちゃうと思うし……」
「───絶っっっっ対に似合う」
「えっ?」

図らずも心の声が口から出てしまった。司馬昭は内心しまったと思ったが、表面上は何でもない風を装って答える。

「そんなことないぜ。似合うんじゃない?多分。多分そうじゃないかな、うん。似合うと思うよ?俺は」
「そ、そう?でも……」
「大丈夫だって。絶対似合うって。つーか、似合わないはずがない。そうだろう?」
「えっ…、う、うん…?なんでそう思うのか、よく分からないんだけど…?」
「大丈夫だって。俺も何を言っているのかよく分からないから」
「…えーっと…」
「それにさ、着てみる前からそんな風に言い切るのもどうかと思うんだよね、俺は。人生何事も挑戦だろう?一回だけ着てみないか?で、やっぱり嫌だって思ったらやめればいいんだよ。とりあえず一度だけさ」
「えええ……?でも……うーん……」

名無しは迷っているようだ。けれども、そんな彼女の迷いを断ち切るかのように司馬昭は畳みかける。

「な?試しに一回だけ、な?な?」
「え、えっと……」

一歩も引かない男の主張に、名無しは戸惑う表情を見せた。

司馬昭にも今の自身の状態がよく分かっている。ただの世間話のように見せかけて、あまりにも食い気味に名無しに訴えているということを。

「子上、なんか変だよ。本当にどうしたの?」

困惑した声で述べる名無しを前にして、司馬昭は冷や汗をかく。

確かに少し、いやかなり変だと思われてしまったかもしれない。だけどここで引き下がるわけにはいかない。

俺は絶対にこのチャンスを逃したくないのだ!

「いや、俺は別にいつも通りだけど?それよりさ、どうなの?着てみる?」
「うーん……」

男の強い提案に名無しはしばらく考え込む素振りを見せた後、遠慮がちに小さく頷く。

「……そうだね。じゃあ、思い切って一度だけ着てみようかな……?」
「よっっっっしゃあ!!!!」

司馬昭は思わず絶叫した。

勝ったぜ!俺、今すごくカッコ悪い顔をしているかもしれない。でも嬉しいから仕方がない。

「ふふっ。子上ったら、変なの。ちょっと喜びすぎじゃない?」
「そ、そうか?そんなことねえよ?」

慌てて取り繕ったが、名無しはどこか楽しそうな様子でくすくすと笑っている。

「子上ってたまに面白い事を言うよね」

全然面白くなんかねーって。こっちは必死なんだよ!と司馬昭は心の中で愚痴を吐く。まあ、そんな本音は死んでも明かせないが。

「子上、あのね……」
「ん?」
「……ううん、何でもない」
「何だよ、気になるじゃんか」

名無しの言葉を促すように聞き返すも、彼女は首を横に振り、『何でもない』と繰り返す。

「やっぱり、いいよ。気にしないで。子上に悪いもの」
「そんな事言われたら余計に気になるだろ。いいから言ってくれ」

司馬昭が再度促すと、名無しはおずおずと話し出した。

「……その。もし良かったら……なんだけど。城下町に出来たそのお店に、子上も一緒についてきて、って言ったら嫌かな?」
「え……」

まさか名無しの方からそんな事を言ってくるとは夢にも思わず、男は目を見張った。一瞬の間を置いて、真面目な顔で返答する。

「嫌なわけ、ないじゃん」
「……そう?別に私を気遣って無理しなくてもいいんだよ。子上が嫌なら、他の人に頼んでみるから───」

バッッッカ!嫌なわけねーだろ!何言ってんだお前!?他の人に頼むだと?そいつは男か!?男なのか!?

名無しが他の人間とメイド喫茶に行くなんて、死んでも許さねえからな。女同士でもダメだ。俺のいない場所で名無しの身に何があるか分からないから。

万が一、君、なかなか素質がありそうだね。良かったらうちの店で働かない?お給料弾むよ≠ネんつって引き抜かれたらどうすんだよ。

それだけでも心配なのに、俺以外の男と行くなら余計にダメに決まってるだろーが!!

などと司馬昭はひとしきり喚く。されどそれが言葉になることはない。

「いや、その……俺は別に嫌とかじゃないし?お前がどうしてもって言うんなら、別について行ってやっても構わないし?」
「そ、そうなの?」

男の返答が冗談なのか本気なのか掴めず、オロオロしながら名無しが応じる。

本当は心底嬉しいくせに、どうして素直になれないんだろう。

いつもながらの事ではあるが、司馬昭は己の悪癖が嫌になる。


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