異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS司馬昭】
 




「当ててやろう。名無しとヤっていた夢でも見たのか」
「……。」
「反論がないということは図星か。ならば続けよう。そうだな……どうせ昭のことだから、夢の中で名無しがメイド服でも着てお前の帰りを出迎えたか。都合よく恋人同士の設定にでもなっていたか?裾を捲ったらレースの紐パンでも履いていたか。その流れのままご主人様とメイドごっこでもして、『ご主人様、お願いですからこんなに恥ずかしい姿を見ないでください』とか言われて大興奮でもしていたか。お前は以前、酔っぱらった時にメイドプレイとやらがしたいと言っていたからな。どうだ、違うか?」

……何その読心術……怖っ……超能力者なの……?

どこまでも確実で的確、かつピンポイントで図星を突かれて、司馬昭は言葉を失う。

っていうか、ここまで正確に人の夢や心の中を読み取れる人間なんているのかよ普通?いやいねえだろ。いたとしたらどう考えてみても人外だろ。

クソ兄……じゃない。もう三回目か。全くもって尊敬する兄上のご推察の通りでございます。

さすがは我が兄上様。俺のことを誰よりも理解してくれている……!!

司馬昭は感動に打ち震えながら、ようやく観念して顔を上げた。こうなったらもう素直に白状するしかないだろう。というより、こんな凄腕の兄を相手に誤魔化し通せる気がしない。

たとえどんな夢を見ようとも、どうせ兄上には筒抜けなのだ。ならば何も恥ずかしがることはない。

「仰る通りでございます。メイド姿の名無しと、夢の中で色々とヤりました。ええもう、それはもう色々と。お聞きになります?」
「本気か……?予想通り過ぎて笑えるな。馬鹿かお前は」
「勝手に聞いといてひどくないですか!?言えって強要したのは兄上でしょう!!」

涙目で反論したが、兄は取り付く島もない様子で冷たく言い放つ。

「答えが合っていることさえ分かればそれでいい。この年になって、何が悲しくて弟の性癖と願望盛り沢山のエロ語りを聞かされなければならんのだ」
「クソ兄貴が……」
「何か言ったか」
「いえ、何も。兄上の慧眼っぷりにお見逸れしただけです」

司馬昭は肩を竦めながら、もうどうにでもしてくれと投げやりな気持ちになっていた。この兄を前にして、これ以上何を言っても無駄だろう。

俺の脳内黒歴史ノートを超能力並みの勘で隅々まで読み取った挙げ句、詳細に分析して『ここは〇』『もっと頑張りましょう』と家庭教師よろしく添削してくれるに違いない。

「で、どうだった。当然ながら夢の中でも完全にあの女を奴隷化し、掌で転がしてやったのだろうな?」
「あっハイ」

司馬昭はサッと目を逸らす。その反応で司馬師は全てを察した。

なんということだ。まさかとは思うが名無しに負けたというのか、この弟は。

「お前という奴は……本当にどうしようもないな」
「そんな呆れた顔で見ないでくださいよ!俺だって色々頑張ったんですから!っていうか、夢の中の俺は最高にカッコよかったですよ!?序盤は完璧に名無しを洗脳していましたし、ドロッドロに甘〜い言葉責めと指攻め舌攻めで名無しをメロメロにしましたからね!?」
「いや、そういうのは聞いていない」
「じゃあ、何なら聞いてくださるんですか?俺の子作り講座とか聞きます?」
「心底いらん。何故負けたのか、参考までに敗因さえ聞ければ後はもうどうでもいい」
「兄上のそういう真面目なところ、本気で尊敬してます。えっと、なんで負けたかですよね?んーと……それは……」

腕組みをして、司馬昭はうんうん唸りながら考え込む。

名無しのメイド姿。普段と異なり、従順でしおらしい態度。かと思えば自分から司馬昭に身を寄せて色っぽい仕草で誘惑してきたり、淫らな言葉で誘ったりする見事な誘い受け。理由といえば有りすぎる。

あえて司馬師に説明するとするならば、司馬昭が何より夢中になったのはやはり名無しの乱れっぷりであろうか。いつもは清楚で慎ましやかな彼女が見せる妖艶な表情や痴態は、想像を絶する破壊力を持っていた。

基本となる姿からは想像もつかないような淫靡な台詞を口にしながら乱れ狂う姿は、この世のものとは思えないほど可憐かつ卑猥で、あれに勝てる男がいるとは思えない。

「なんていうか、その……色々とヤバかったです」
「ほう?」
「だって、あの名無しがですよ?普段は恥ずかしがって俺から逃れることばかり考えているし、自分から求めてくることなんて絶対ないあの名無しが、自発的にキスしてくれるんですよ。しかもめちゃくちゃエロい表情で『ご主人様、もう許してください』って泣きついてきたり、腰振っておねだりしてきたりするんですよ。そんなの、勝てるわけないじゃないですか」
「ふっ。月並みだが、平時との違いにやられたというわけか。お前のその短絡的な発想が、全てにおいて敗因だろうな」
「えー、でも兄上だって絶対あの姿見たらドキッとすると思いますけど。あんな可愛いメイドさんがいたら、何してても手につかなくないですか?」
「そんなもの、実際に見たわけではないのに分かるはずがないだろう」
「いや、絶対わかりますって。同じ男ならわかるでしょ?ご想像してみてください、激ヤバレベルのエロ可愛いメイドに変身した誘い受け満点の名無しの姿を」
「想像できん」

そもそも、名無しは無理強いしていないのに彼女の側から口付けしてきたり、『抱いて欲しい』と男に迫ることなど基本的に有り得ない。

そこがまた雄としての征服欲を刺激され、たまらなくそそられるのだが。

「はぁ〜、兄上は想像力がないなぁ。いいですか?まずはメイド服を着た名無しが、兄上の部屋にいて───」
「詳細はもういい。結論は一つだ。司馬一族の男ともあろうものが、女の誘惑に負けたのだな?」
「ま、見方によってはそういう意見もありますね。途中までは結構いい感じに話が進んでいたんですが、その後ちょっとドジ踏んで予定変更しました、ハイ」
「馬鹿めが……」
「でも俺は全然悪くないですよ?なんつーかその、夢の中の名無しがエロ可愛すぎて、俺好みの普段は清楚×情事の際はド淫乱に豹変する、みたいな感じで出血大サービスしてくれたんで、つい俺の純情可憐な海綿体が敗北を喫したといいますか」
「この城内にもあちこちにセフレがいるくせに、お前の海綿体のどこが純情可憐だ」
「いやいや、あいつらは別に俺の彼女でも何でもないですし。文字通りただのヤリ友です。俺のピュアでウブな真心は、今のところ名無しの物です。名無しが俺だけの女になってくれるって誓うなら、俺も名無しだけに純情を捧げますよ。言ってみれば俺は名無し専用の専属チンコってことです」
「今一度『純情』『ウブ』という単語を辞書で引いて確認し直せ。いっそ全部書き直してこい」
「いやもう、あれは仕方ないでしょう。あんな風に迫られちまったら、誰だって勃つ。ついでにぶち込みたくなる。もう無理でしょ。普通止まる?あんなん見せられたら、男なら誰だって理性も倫理観も全部ブッ飛ばして本能の赴くままに行動しちゃうでしょ? 俺は悪くない。あれは不可抗力です」
「別にお前の下半身事情など知ったことではないが、男として負けたのは事実だろう。ならば潔く認めろ」

兄の指摘に対して司馬昭は口を尖らせ、不満げに反論する。

「だから、負けてないですってば。男の沽券を守るための、いわば戦略的撤退というわけです」
「言い訳無用」
「だって名無しは感じまくってめっちゃ泣いてたし。マジで挿入5秒前、完全に俺を受け入れ態勢だったのにっ。それなのに、兄上のせいで俺と名無しのラブラブ濃厚エッチは未遂に終わっちまったんですよ。ああぁぁ……許せねえ!思い出したら腹が立ってきた。兄上、責任取って俺と名無しの結婚式に出席してください!」
「断る」
「なんで!?」

結婚式も何も、付き合ってすらいないのだが。大丈夫かこいつ。夢と現実を混同していないか?

司馬師は呆れ半分、哀れみ半分の目付きで弟を見やる。

「昭の夢の結末など私には何の関係もないからだ。そんなに心残りがあるなら有休申請を出して午後から二度寝しろ。もうこれ以上弟の夢の内容に口出しなどしないから、夢の中でいくらでも子作りに励め」
「同じ夢を毎晩繰り返したらどうすればいいんですか?毎日有休ください」
「そんな都合のいい話があるか。お前、少しは真面目に働け」
「俺はいつだって真面目ですよ。でも、マジでどうすりゃいいんだ?このままじゃ俺、完全に消化不良です。欲求不満で死んじまうよぉ……」

頭を抱える弟の姿を目に留めて、兄は今度こそ完全に匙を投げた。もう勝手にしろ、と吐き捨てる。

我が弟ながら全くもって面倒くさい奴だ。よくもまあ、これほどまでに拗らせたものだとある意味感心する。

意味不明なことをわめく男を相手にせず、司馬師は書物を抱えて退室した。





─END─
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