異次元 | ナノ


異次元 
【月下美人】
 




「イケメンなんて全員爆発しやがれ」


肺腑の奥底から吐き出すようにして、男が呻く。

心底嫌そうな顔でそう言い捨てた後日本酒の入った一升瓶を大きな手で掴み、空になったお猪口にドボドボと酒を注いでいくのは豊臣秀吉子飼いの将で、威勢のいい若武者・福島正則だった。

時刻は夜。この日、豊臣城の北端にある一室で豊臣の若い男性武将三人が酒を飲み交わしていた。

参加者は福島正則と彼が実の兄弟のように慕う加藤清正、そしてたまたま暇を持て余していた立花宗茂。

事の発端は本日夕方。前からちょっといいなと思っていた女に思い人がいる事を女官達の噂話で知った正則がショックを受け、失恋の痛手を払拭する為に清正の元を訪れて『今日は目一杯酒を飲む!!俺に付き合え!』と要請…、もとい強制した事による。

本日の仕事が終了後、用意した酒の大瓶を数本脇に抱えながらどこか酒盛りをするのにいい部屋はないかと正則と清正の二人が廊下をウロウロしていた際、そこにたまたま通りがかったのが宗茂だった。

そしてその場のノリと流れのままこの三名が同席する事となり、現在に至る。

「おみつちゃんもおみつちゃんだっての。普段好きなタイプは優しい人≠ニか強くて頼りになる男性≠ニか言ってたくせに、結局は顔で選んでるって話じゃねーかよ。これだから女って奴は信用できねー!」

ドンッと勢い良く酒の瓶を置き、憤る正則の口から放たれたおみつ≠ニいうのは、彼が思いを寄せていた若く美しい女官の名前である。

以前正則がおみつにさりげない風を装って『どんな男性が好きか』と聞いた時にはそんな平凡な答えが返ってきたのだが、女官達が言っていた彼女の思い人は今年入ってきたばかりの足軽・平六だった。

平六はまだひよっこで剣の腕もロクに振るわず、鍛錬の時も構えがなっていない、そのへっぴり腰をなんとかしろ!と常に上官に叱咤されているようなほとほと頼りない存在だったが、彼の長所と言えば新入りの足軽達の中で際立って顔立ちの良い美青年という点。

強くて頼りになる男性が好きだと言うおみつだが、その割には彼女が選んだのはまともに打ち合いも出来ないへっぽこ男性。

百歩譲ってそれでも平六がとても優しくて性根のいい若者だというのであればもう一つの条件、優しさ面で選んだのかとも思えるが、女官達の話によるとこの平六は己の顔の良さを十分自覚しているのか、彼を好きだと言う女性に対して

『俺と付き合いたいなら俺に釣り合うくらいの美人になってから言うんだな。ヤリ友くらいなら暇潰しになってやってもいいけど』

とニヤニヤと笑いながら答えるらしい。


優しくもない、性格も悪い、女癖も悪い、強くもない、全く頼りにならない。


なのにそんな男が好きだなんて、どう考えても顔で選んでるとしか思えねーだろ!!おみつちゃんのバカバカ!!大嘘つきー!!


……というのが正則なりに考えた結論らしい。


「別に顔のいい男が全部悪い訳じゃないだろ」

正則の話を聞いた宗茂が、呆れた顔付きで反論する。

「それだけ色んな欠点があると分かっているにも関わらず、顔さえ良ければ何でもいいと思うような女が大勢いるからこそその平六とやらみたいな顔だけ男もいい思いが出来るんじゃないのか」
「う…。まあ、そりゃ……」
「世の女達が全員もっと厳しくて、いくら顔が良かろうが人間的に問題がある男はお呼びじゃない、セックスもさせないという断固とした態度を取り続けていれば自然とそういう顔だけ男は消滅していくはずだ。なのに現実顔がいいだけのちゃらんぽらん男が死滅していないということは、そんな奴らの子種を宿し、繁殖を許す女がいるからだ。男は何も悪くないとまでは言わんが、半分は女側の責任だ。そうだろう?」
「ううう…ムカツク……。言ってる事は正論かもしれねえが、それを宗茂みてーなイイ男にしたり顔で言われんのはめちゃくちゃムカツク〜ッ!」

淀みない口調でそうきっぱりと断じる宗茂の回答に、正則は辛抱たまらんといった具合にバタン!と畳の上に倒れ込む。

(正則の言っている事ももっともだが、宗茂の言い分ももっともだしな)

両者の会話を傍で聞いていた清正は、どちらに味方して良いのか分からず迷う。

本来こういった惚れた腫れたの話は得意ではないが、正則が落ち込んでいる時に何か気の利いた事一つくらいは言えないものか。

だが、正直言ってこの手の話題は清正自身あまり関心がないせいか、どうも苦手だ。

どうでもいいし、興味がない。

清正があれこれ考え込んでいると、急に正則がガバッと体を起こし、鋭い目付きでキッと彼を睨む。

「つーか、今思えば清正だって清正だぜ!」
「はぁ?俺!?」

突然矛先が自分に向けられた事を知り、清正が驚いて目を見張る。

「お前、先週美和って女中に告られてただろ?結構色んな男が目え付けてて人気のある娘だってのに、『今は戦の事で頭が一杯だから』とか言ってあっさり断りやがってー」

(ああ、何かと思えばあの話か)

可愛がっている弟分に責めるような視線を投げられ、清正はうんざりした顔をする。

「本当の事なんだから仕方ないだろ。大体、戦の事と女の事と両方いっぺんに考えられるかよ。二つの事を同時にやるよりはどちらか一方に全力で集中したいぜ」
「かーっ、相変わらず硬派だぜ!清正ってやつはよー」

正則と清正はまるで本当の家族のように親しく見知った仲であるが、それでもこうして改めて見ると正則はやっぱ清正ってガタイいいよなー≠ニ思わずにはいられない。

186pというもはや190近い身長に見合うガッシリした体付きと、彼の全身を包む引き締まった筋肉と男らしい骨格の力強さは、猛虎のような野生と獰猛さを備えていた。

そんな清正に男としての純粋なセックスアピールと魅力を感じ、彼に恋する女性はこの豊臣城の中にも大勢いるのだが、当の清正自身は今は恋愛よりも戦や任務の事に意識が向いている為彼に振られた女達は数知れず。


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