異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS司馬昭】
 




「いやいや、待てよ。相談に乗ってもらうって、具体的には鍾会たちとどんな話をしたんだ?」
「えっと、例えば、こういう服は子上に気に入ってもらえるかとか、色や形はどんなものがいいかとか……」
「何を見ながら?」

司馬昭は更に問う。名無しの回答に嫌な予感しかしない。

「それは…、とりあえず売れ筋だって評判の物を何点か取り寄せて、昼休みの時間とか、仕事終わりに二人に頼んで現物を見比べて貰って…」
「現物って、単に服を並べただけだよな。まさか、実際にあいつらの前で着て見せたとかいうんじゃないよな?」
「……どうして分かったの?」

男の質問に、名無しの唇からは『すごい』と言わんばかりの呟きが漏れる。

やっぱりか!あいつら、何してくれてんだ!?名無しがこんなエロい恰好で出迎えてくれた事自体は最高だけど、その衣装を他の男の前で着たなんて……。許せねぇ。

いや、確かに可愛いとは思うよ?実に俺好みのデザインだ。似合っているとも思うし、むしろ大好物。鍾会と夏侯覇は良い物を選んでくれたと思うし、でかした!と思う。

でもそれをあいつらの見ている前で、実際に名無しが着ているところを想像すると……。

「うわぁー、無理。絶対無理!想像しただけでめちゃくちゃ腹が立ってくる!」
「ええ!?」
「だって、あいつらの目の前で名無しがこれ着てたってことだろ?名無しのこんなエロい姿、他の男に見せたくないし!」
「そんな……。そんなこと言われても……」

司馬昭の言葉に、名無しはさらに狼狽える。

「でも、二人とも真面目に協力してくれたんだよ。鍾会なんて『私の貴重な時間を無駄にさせないでいただきたい』とか言っていたけど、それでも休憩時間終了まで一生懸命考えてくれて」

何その説明。いかにも鍾会が言いそうな台詞すぎて、余計にその場面がまざまざと頭に浮かんで腹が立つ。

「けどあいつらは見たんだろ?俺のいないところで、名無しのこんな姿を。しかも密室で、男二人に女一人の3P状態で」
「3Pって、大げさな……。それに密室って言ったって、そこまで大したことじゃないでしょう?」
「何が大げさだよ。大したことだって!」

司馬昭は必死に反論する。いくら名無し自身に他意は全くないとしても、同じ男としてあいつらがどんな視線でこんなミニスカ胸開きニーハイメイドを見ていたかくらいは想像がつく。

仮にも彼氏持ちの女が、他の野郎どもの前でこんな破廉恥な姿を見せるなんて正気の沙汰じゃない。これはきっちり釘を刺しておく必要がある。

「とにかく、二度としないで欲しいんだよ」
「ご…ごめんなさいっ。でも、記念日が近かったから…どうしても間に合わせたくて…。それに、子上だって喜んでくれると思って……」
「ああ、勿論嬉しいぜ。めちゃくちゃ興奮する!だけどさ、こういうのは俺と二人きりの時だけにしてくれ。他の男には絶対に見せないって、約束な」
「……子上って、そんなに独占欲強かったっけ……?」

首を傾げて語る名無しの疑問とは異なり、司馬昭としては真剣そのものである。そして、そんな己の発言に彼自身驚きを隠せなかった。

自分は決して聖人君子ではないと思っているが、女性関係に関してはもっと軽くてドライなノリの方だと思っていた。今までセックスした事がある数多くの女たちだって、誰と誰が何をしていようが全然気にならなかったはずなのに。

しかし、今は違う。名無しが自分以外の男にこんな姿を見せるなんて、想像しただけで吐き気がする。だから絶対にやめて欲しいのだ。

「確かに俺、もっと淡白な方だと思ってたよ。でもさ、名無しのことだけは誰にも渡したくないって思っちまうんだ」
「……。」
「だからさ、頼むよ。俺、可愛い服着た名無しが他の男と一緒にいるところなんて見たくない」
「子上……」

言い募る司馬昭以上に、名無しは辛そうな眼差しで彼を見上げる。男の苦しみを理解して、納得してくれているのだろうか。

「とりあえず今後他の男の前でこういう恰好をするのは禁止な。ついでに言えば二人だけでどこかに出かけるとか飲みに行くのも禁止。特に夜。どうしても行きたいって言うんなら、俺がついて行く」
「そ、そこまでしなくても……」
「するの!俺は、自分の彼女が他の男と二人きりで会うなんて耐えられないから」

言えば言うほど、自分でも嫉妬深い男だという自覚が芽生えてくる。あれ?俺ってこんな男だったっけ……?

司馬昭は頭の片隅でそう自問する。けれど、一度口に出してしまったことはもう取り返しがつかない。

自分ではもっと割り切りがついていると思っていたが、どうやらそれは勘違いだったようだ。

───これが本心なんだ。多分。

本当は現実の名無しにも同じことを言いたかった。でも彼女は自分の恋人でも何でもないから、いくら嫉妬しても意味がない。だから、ずっと胸の内に秘めてきた。

思えば自分自身はいつも色々な女にちょっかいをかけていて、来る者拒まず去るもの追わずのスタンスで、相手から好意を寄せられたとしても本気で応えたことなど一度もなく、常にどこか冷めていた。

決まった相手は作らない≠ニいうのを免罪符に、時には同時進行で複数の女たちと関係を持っていたというのに、いざ立場が逆になってみたらこの始末。男というのは随分と勝手な生き物だ。

いや、『男が』じゃないな。俺がか。

「もし約束を破ったら、名無しをベッドに拘束して一日中エロいことするから」

冗談っぽく見せかけてガチの宣言だが、夢とはいえ本音を名無しに知られるのは悔しいのであくまでも表面上は軽い口調を装う。

こうやってつい本心を誤魔化してしまうところが、本気の口説き文句も全然名無しに信用してもらえない要因なのかもしれないけれど。

「えええ…。それはちょっと……」

見る間に赤くなる名無しを眺め、司馬昭は普段のお調子者のノリで笑う。

「そんな怖がるなよ。あくまで例え話だから」

本当に、万が一そういう状況になったら即座に履行すると思うけれど。

ああ、やっぱり可愛い。

何度軽口を叩いても一向に慣れることがなく、こういう初々しい反応を毎回のように見せてくれる彼女が本当に好きだ。もっといじめたくなる。もっと自分しか見られない表情を見せて欲しい。

「でも、ちゃんと約束してくれないと俺、本当にやっちまうからな」
「子上。冗談だよね?」
「さあーどうでしょうね?ま、あんまり俺のことを舐めない方がいいぜ」
「え?」
「俺は名無しが思ってるほど優しくて甘い男じゃないってこと」

そう。俺はお前が思っているほどお人よしじゃない。いつでも好きな時に、どんな時でも欲望の赴くままに名無しを自分のものに出来たらどんなにいいかと思っている。

けれども、それを本気で、そして徹底的に実行してしまったら最後。

多分、名無しは俺を嫌いになる。そして────壊れるだろう。

だからギリギリのところで理性を働かせて我慢している。本当は今すぐにでも現実の名無しの寝室を訪れて、あの身体に覆い被さって、名無しが泣こうが喚こうが、己の物にしたくてたまらないというのに。

「子上……」

司馬昭の真剣な口調に名無しも思うところがあったようで、彼の瞳をじっと見つめていた。

「分かりました」

名無しは静かに頷く。その表情はどこか儚げで、羽みたいに今にもどこかに飛んで行ってしまいそうな錯覚に陥る。


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