異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS司馬昭】
 




「何でだよ……。名無し」

ぽつり、と。司馬昭は虚空に向かって疑問を投げる。当然、返事はない。

望んでも手に入らない現実が腹立たしくてこのような夢を何度も見てしまうのだろうか。だとしたらとんだ茶番だ。

夢の中でまでモヤモヤした気持ちを抱き続けるなんて真っ平ごめんだ。せっかくの夢の世界なのだから、どうせ見るなら全てが自分の思い通りになるとでもいうような、もっと楽しさと喜びと快楽だけで作られた純度100%の夢が見たい。

例えば、自分と名無しが相思相愛の世界とか……。

そんな都合のいい妄想に想いを馳せながら、司馬昭は苛立ちと共に頭をガシガシと掻き毟り、仕方なく足を進める。

(それより、マジでどこなんだよ。一応城の中なのか?)

前回は全く見覚えのない浜辺にポツンと立っていたので面食らったが、今回の舞台はどうやら普段生活している城内がベースになっているらしい。

おそらくここを曲がると自分の部屋に戻ることができるはず、と思った場所で曲がったら本当に自室の扉が目に入った。

見知った場所に辿り着いて安堵したものの、ここから先の展開が全く思い浮かばない。戸を開けても良い展開などなさそうだ。

山のように積み上げられた書類の山とか、昭。話がある。ここに座れ≠ニ、厳しい顔付きでこちらを見ながら仁王立ちする父親の姿とか。きっとそんなところだろう。

どうせなら、裸の名無しが中で待っていてくれれば最高なのに。

そんな邪な願望を抱いて扉の取っ手に手をかけゆっくりと引いた瞬間、己の目に飛び込んできた光景に男は目を見張る。

「はぁっ!?」

咄嗟に叫んでしまったのは仕方ない。

視線の先に名無しの姿があったからだ。それも、全く想像もしていなかった姿で。

いわゆるメイド服を着用した彼女が、こちらに背を向ける形で立っていた。

どう見てもコスプレ。だが普段、彼女はこういった格好はしない。それ系には興味がなさそうに思えるし、何より名無しはああ見えて結構恥ずかしがり屋なところがある。

『頼むからこれを着てくれ。なんなら金だって払うから!』と男が必死で頼み込んだところで、すんなりOKしてくれるタイプではないはずだ。

それなのに、今の彼女はどうだろうか。

白と黒の二色構成で作られたその衣装はメイド服としてベーシックなタイプだが、その清楚で上品な印象が彼女によく似合っている。まるで本物のメイドのようだ。

なんで名無しが、俺の部屋に。しかもこんな格好で。

「……名無し……?」

動揺しながら彼女の名を呼べば、名無しがスローモーションのような動きでゆるりとこちらを振り返る。

その結果、彼はさらに度肝を抜かれた。

正面から目にした彼女の衣装は胸元が強調されたデザインで、鎖骨の下辺りの布がハートマーク型に切り抜かれており、おかげで胸の谷間がバッチリ見えている。さらに言えばスカート丈も比較的短めで、少し前のめりに屈めば下着が見えてしまいそうな危うさだ。

足元には、太腿部分に細い黒リボンがあしらわれた白のニーソックス。普段はスカートの裾で隠されているが、何かの拍子に裾がめくれたり、彼女が屈んだ際には眩しい絶対領域が露になるだろう。エロい。

さらに、腰から下の部分には白いフリル付きの短いエプロンが装着されており、こちらも非常に可愛らしさを演出している。

(……え?マジで何なんだよこれ。どういう状況だよ)

完璧だ。これ以上ないほど素晴らしい格好だった。正直、今すぐに襲い掛かりたいくらいである。しかし目の前に広がる非日常的な光景に頭が追いつかず、ただただ呆然と立ち尽くすのみ。

新手のドッキリ……?

夢と希望に溢れた発想ではなく、この状況でドッキリ≠ニいう単語が真っ先に頭に浮かんだことが我ながら情けない。

彼女のこの姿は一体なんなのだ、と司馬昭が考え続けていると、名無しは少しだけ頬を赤らめながら彼の元へ歩み寄ってくる。

「……!子上、お帰りなさい。今日はいつもより早かったね。お仕事、もう終わったの?」
「え?あ、ああ……」

心からの喜びを表現するかの如く、名無しが口端を和らげて微笑む。その笑顔に司馬昭は思わずドキッとした。

「それより、どうしたんだよそれ。何かの模擬店……とかでもないよな。名無しが関わっている業務でそんなのあったっけ?お前、いつもそういう格好しないだろ」

何でお前が俺の部屋にいるんだよとか、何でそんなに普通の反応なんだよとか他にも色々と言いたいことはあったが、一番気になるのはそこだ。

司馬昭は平静を装って尋ねるが、内心はかなりドキドキしていた。というかむしろムラムラしていた。

何せ、面前にいるのは自分の思い人なのだ。そんな彼女が夜更けにこんなエロ可愛い恰好で自分の部屋にいるというのに、何も感じないほど司馬昭はまだ枯れてはいない。

むしろ男として健全な発育を遂げた20代の青年としては、今すぐにでも目の前の女を押し倒してそのスカートを捲り上げ、思う存分欲望をぶつけたい衝動に駆られる。

そうはいってもさすがにマズイだろう。そもそも、今自分が置かれている状況自体が全く把握できていないのだから。

(多分、これも夢……?だよな?)

と司馬昭的には思っているが、万が一ということもある。

目の前に広がる極楽さながらの光景にもすぐさま理性を失うことはなく、まずは注意深く観察する。

一見チャラチャラしているだけの優男に見えるが、これでも司馬昭は頭の切れる男だ。そう簡単に未知なる状況に飛び込んだり、誘惑に流されるほど馬鹿ではない。

その辺りは、やはり父親譲りの冷静さと言えよう。

「……子上。ひょっとして、今日が何の日か忘れちゃったの?」
「え?今日?」

名無しに指摘され、司馬昭は壁に掛けられた暦を見る。するとそこには『〇月×日』という日付が記されていた。肝心な部分が墨で塗り潰されたみたいに読めなくなっているので、よく分からない。

「えーっと…」

頭を捻り、記憶の糸を手繰り寄せる。何もヒントがない。激ムズ問題だ。

こんなもの分かるわけがないだろうと混乱しつつ、それでもこれは絶対に外してはならない、答えないといけない問いだと感じた。直感的に。

半ば野生動物の如く研ぎ澄まされた感覚を所持する司馬昭がこう感じる時には、大体当たる。それが彼自身もよく分かっているため、司馬昭は何とか答えを導き出そうとする。

「ほら、あれだ。今日はあれだろ?うん、そうだ」
「…子上…。もしかして、本当に忘れているの…?」
「忘れてねぇよ。ほら、あれだろ?ええと……何だっけ」

必死に頭を働かせるが、どうしても分からない。

っていうか、こんなのアリかよ。

面倒な展開に頭を悩ませるのは現実だけで腹いっぱいなのに、何故夢でも意味不明な難問を解かなければならないのか。男は己の不運さを呪う。


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