異次元 【吸血王】 「だったらもうこれ以上子上には近付きません、賈充の言いつけに従います……などと言われても信用できん。口先では何とでも言えるからな。だから俺はより確実な方法を取らせてもらうことにした」 「か、じゅ……」 「ではここで問題だ。俺に群がる縁談希望の娘やその両親どもを題材に話をするとしよう。自分自身が、又は自分の娘が他の競争相手───しかも並みの女どもではない、強豪どもを押しのけて狙った男の妻の座に収まろうとする場合。自分達が選ばれる可能性を押し上げるために有効な方法は何だと思う?」 「そ……んなの、わから……な……」 それを知ってどうなるというのか。そんなことなど分かりたくもないし、興味もない。 今までの人生の中で、他人を蹴落としてまで欲しい物を得ようなどと全く考えた事のない名無しのような人間にとっては、理解不能な問いだった。 「分からんか?まあ、それならそれで別にいい。だが、優秀な生徒には褒美を与える。返答次第では俺の気が変わるかもしれんぞ」 「……!?」 「細かい物まで含めばキリがないが、とりあえず代表的ものは三つだな。さあ、答えてみろ」 そこまで言われて、名無しが選べる選択肢など他にあるわけがない。 結局、この意に沿わない暴行から逃れたいという一心で、名無しは懸命に知恵を絞り、男の考えと自分の考えをシンクロさせようと試みる。 「……既成、事実……?」 なんとか導き出した答えは、これだ。 「ほう」 賈充は意外そうに眉を動かしたが、それも一瞬のことで、すぐに意地の悪い笑みを浮かべると、更に質問を重ねる。 「どういう意味だ?男を手に入れるために自らの体を差し出すという意味か」 「そういう…意味です…。もっと言えば…ただ関係を…持つだけではなく…子供、を、作る…とか…」 「なるほど。捨て身の戦法だな。では二番目は?」 「……他の、女性、を……、排除、する……」 「排除か。それは相手を殺すということか?」 「そ、そう……です……」 名無しの両目に、じわりと涙が溜まる。こんなことは名無しの本意ではない。こんな恐ろしい事など、たとえ想像の世界の話だとしても考えたくはない。 だけど、今自分に質問をしているのはあの賈充だ。彼から『正解』の答えを引き出さなければ、これ以上の凌辱が待っている。 ならばなるべく自分は彼の思考に寄り沿い、彼が望む答えを提示する他ないではないか。そうすれば、彼は自分を解放してくれるとでも言わんばかりの言い方だったのだから。 「確かにそれは有効な方法だ。一個として計算してやろう。だが、一口に排除と言っても色々な方法がある。邪魔者が女の場合に有効な他の排除方法は?」 ……女の場合……? 男が放ったヒントについて、名無しは必死で頭を回転させる。わざわざ性別を指定したのはどういう意味だ。 男性と女性では何が違う? 誘惑する、色気で落とす、その女性を目障りに思う人間を味方に引き入れる、相手の評判を貶める、などと思いつく限りの方法を列挙してみたが、どれもピンとこない。 何か見落としている気がする。もっと根本的な……そう、問題はそこではない。もしかしたら、今自分が置かれているこの現状こそが───。 「当たりだ。金で人を雇うなり何なりして、女を強姦、もしくは輪姦する」 「!!」 名無しの思考を先回りするように、賈充は正解を口にした。 賈充のその一言で、名無しの頭の中にあった靄が一気にクリアになった。同時に、今まで自分が思い描いていた最悪の結末が現実になり得る可能性に戦慄する。 「お前たち女にとって、好きでもない男に無理やり襲われ、操を奪われるのは最大の屈辱であり恐怖だと聞く。時と場合によっては、例えそれが好意を抱いていた相手だとしても絶望を抱くほどの恐怖だろう」 普通の女であってもそうだというのに、身分の高い女であれば尚更ダメージは大きい。 自分の娘が暴漢に襲われたとあっては、自分達の地位や世間体を何よりも気にする良家の人間にとっては由々しき事態だ。 最も憎むべきは強姦魔であり、娘には何の非もないというのに、 由緒正しき我が家名に傷をつけおって 今日を限りに、お前のように汚れた女とはもはや親とも娘とも思わぬ と激しく憤り、傷心の娘を家から叩き出す鬼畜の如き両親も存在する。 女自身も〇〇家の箱入り娘、深窓の令嬢として十何年、二十何年と大切に育てられてきた身である。 それが、いくら無理やりとは言え、どこの馬の骨とも分からぬ男と夜を共にし、あまつさえ妊娠したとあっては『ふしだらな娘』と蔑まれ、世間から後ろ指をさされる。大事な両親を悲しませてしまう。お嬢様には耐え難い悲劇に、精神が崩壊する。 また、そんな噂が立ってしまえば結婚の可能性も大きく下がる。地位や財産のある家柄であればあるほど、娘への風当たりは強くなるだろう。そしてそれは一生消えない烙印として刻まれるのだ。 よって『不名誉な事件』は隠蔽される傾向にあり、犯人は見つかりにくい上に、悲観にくれた娘側の両親が縁談を辞退したり、心を病んだ娘自身が命すら絶つことも有り得る。 だからこそ、世間一般の常識や倫理観といったものを完全に無視するとすれば、ライバルを蹴落とすにはこれ以上ない程に効果的な方法である、と賈充は言うのだ。 「……なん、て……ことを……」 なんて───恐ろしいことを。 知識としては、その手の話題を耳にしたこともある。実際に名無しの知っている身分の高い女性の中でも、どうやらそのような惨劇の被害者となってしまったようだ、と世間が噂する人物を知っている。 だけど、まさかそれが自分の身に降りかかるなんて思いもしなかった。名無しは誰かと婚儀を上げるどころか、自分の元に来た縁談を全て断っている。それどころか、交際している相手すらいない。 それなので、自分がそういった理由で誰かから恨みを買って暴虐の標的にされるだなんて、考えたこともなかった。 「……ひど、い……。そんなの……ひどすぎる……」 「そうだな」 平然と相槌を打つ賈充。彼は先程からあくまでも事実だけを述べ、冷徹なまでに容赦がない。 「人間というのは身勝手なものだ。恋人や配偶者に黙って浮気や不貞行為を犯しまくっている輩に限って、いざ自分の本命が同じことをしていると知ると、自らの行いを棚に上げ、重大な裏切りと罵り烈火の如く怒り出す。先程言った親子の例も同じこと。女の身である以上、もしくは娘を持つ親である以上、自分達が同じ立場になればそれがどれほど辛い事なのか分かるだろうに、他人の娘に対しては何の遠慮もなく相手の尊厳も魂も踏みにじることが出来る」 賈充は名無しの間近で囁く。悪魔のように冷たく、残忍に、残酷に。 「俺が普段から交渉の席に着いているのは、そういうクズ相手だ。全員身分だけは高いが、やっていることは賊や犯罪者と変わらん。目的を達成する為なら何だってする。手段は選ばない」 無論、俺もな。と賈充は付け足した。 「くっ……!」 思わず名無しは身を捩ったが、男はそれを許さない。両手を押さえつけられ、逃げることも出来ずにされるがままになっている。 「ここまでくればもう理解したとは思うが、俺が今している行為もまさにそれだ。子上が最も親しくしている友人であるこの賈公閭に犯され、その精を体内に受け入れたとあれば、いくらお前とて今まで同様子上と睦まじくすることは出来まい。お前の性格から推察すれば、俺が何もしなくても、お前の側から望んで子上の元を去る。そうだろう?」 「っ、そ、んな……の」 そんなことはない、とは言えない。悔しいが、賈充の言う通りだ。 [TOP] ×
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