異次元 | ナノ


異次元 
【吸血王】
 




司馬師殿や子上といる時の普段の会話、鍾会や夏侯覇といった同僚武将への接し方、名無しが見せる反応の数々。

そのどれもが司馬懿殿と共に執務に励み、外交にも勤しむ地位にいる人間としてはひどく素直で、隙だらけだった。

正直、気に食わなかった。あの危機感の無さが。それでいて、何故か曹家や司馬懿殿にも重宝され、あろうことか子上の心にまで深々と食い込んでいる事が。

だから試してやろうと思った。それと同時に、あの女の人間性を確かめる。あの取り繕った化けの皮を剥いでやる為に。

俺がそんな物騒なことを考えているとは露知らず、あの女は俺に対しても屈託のない笑顔を見せ、警戒もせずに近づいて来る。俺の周囲をちょろちょろと動き回る。

いい機会だ。少しばかり痛い目を見せてやるとしよう。この賈公閭の目の前に、無防備に姿を現したことを後悔するほどにな。


……少し前までは、本気でそう思っていたのだが。


いざ近付いてあの女の項をよく見れば、なかなかに良い色艶をしていて、久しぶりに喉の渇きを覚えた。


───芳醇で、美味そうな血だ。


欲しい。どうしようもなく、あの女の血が欲しくなった。


名無しの首筋に噛みついて、滲み出た血を舐めてみたい。

それとも指先に針を刺し、溢れ出た雫を舐め取るだけならば許されるだろうか。死に至るほど、大量に血を吸い尽くさなければいいだけの話だ。

あの女を抱き留めた際、俺の頬にかかったあの髪が。指に伝わる柔らかな感触が。

男の本能を刺激する甘ったるい香りが。恥ずかしそうに潤んだ瞳が、ほんのりと上気した頬が。……そして何よりも、俺を心底信頼しきったその眼差しが。

自分の色に染め上げてしまいたいという願望と、そんな名無しの身も心も俺自身で粉々に破壊してやりたいという衝動が腹の底で渦を巻く。

無垢な女を蹂躙し、陵辱してやるのはいいものだ。真っ白な新雪を踏み荒らし、己の手で染料をぶちまけていくような心地良さがあって癖になる。

己が運命を知らぬ名無し、どこまでも愚かで哀れな女。残念だがお前は捕らわれた。今宵からお前の居場所は、日の光が届かぬ冷たい土の下だ。

どれだけ泣き叫ぼうが、助けを求めて手を伸ばそうが、墓を掘り返す救世主など現れん。今後お前と交わる男は、この世に俺をおいて存在しないと知るがいい。

くく……、遠慮はいらない。ここは俺たち二人だけの世界だからな。血を啜った後は丹念に舐め上げ、存分に可愛がってやろう。

俺の舌が唇を這う感触に身悶えて、涙に濡れた睫毛を震わせながら、蕩けるような快楽に喘ぐ名無しの顔をじっくり観察してやるのもまた一興。闇と死に満ちた棺の中で、共に永い眠りを貪ろうではないか。


誓いの接吻により、血の契約は成された。もはやお前は俺と同じ闇の住人。


体液の一滴、細胞の一欠片から生殺与奪に至るまで、お前の全ては俺の物だ。その命尽きるまで、否、尽きたとしても離してやらん。


人間の女相手であれば言わずもがな、たとえお前が穢してはならぬ女神や天女の類いであったとしても、地の底に引きずり込んで逃しはせんぞ。



俺の許可がない限り、地上に出ることも、死ぬことも───狂うことすら許さない。





―賈充夢・【吸血王(ヴァンパイア・ロード)】


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