異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS夏侯覇】
 




「本当はもっと時間をかけて慣らしたかったけど、悪い。もう待てない」
「…夏侯覇…。あっ…んっ…」
「その代わり、名無しが失神するくらいにとびっきり気持ち良くしてやるから」

言いながら、硬くなった先端を彼女の濡れそぼった割れ目に宛がう。

せっかくの名無しとの初セックスなのだ。本当はもう少しゆっくり愛を育んでいきたかったのだが、今となってはもう無理だ。

これ以上お預けを食らったら、本気で頭がおかしくなる。夏侯覇は限界だった。

「泣いても叫んでも止めない。最後まで犯す。……いいんだな?」

まるで獣の唸り声。

目付きも鋭くなり、口調にも凄みが増す。欲望剥き出しの言葉をぶつけても、名無しは一切怯まなかった。

男への愛情の深さの証明、そして承諾の印として唇を重ね、うっとりと目を閉じる。

夏侯覇はそれを合意の合図とみなして、一気に────。




「おはようございまーす。夏侯覇くーん、朝ですよ〜」

そんな声と共に、肩を揺り動かされる感覚があった。

重い瞼を持ち上げると、そこには見慣れた天井が広がっている。どうやら自分は寝台の上に横たわっているらしい。

ぼんやりとする頭で状況を把握するべく目線を動かすと、間近でこちらを見下ろす男がいた。その人物の顔は、嫌味な程に整っている。

「昨日勝手に飲み会を抜け出した上に、始業時間直前まで爆睡とはいい御身分ですなあ。俺が様子を見に来なかったら、完全に遅刻だぜ?」

……司馬昭殿か……。相変わらずチャラい恰好しているなあ……。

夏侯覇はのろのろと上体を起こしながら、司馬兄弟の片割れである男性の姿を視界に収めた。彼は夏侯覇よりも年下だが、妙に偉そうな態度で接してくるのであまり得意ではない。

まあ、一応上司だし仕方ないんだけどさ……。

それにしても……。

「……知ってた」
「ん?何が」
「どうせ望みは叶わない。今回も絶対に一番イイところで目が覚めるんだろうな。しかも、また司馬昭殿達か鍾会辺りに邪魔されるんだろうなって。知ってたよ!」
「…何言ってんだ?こいつ」

司馬昭は呆れた様子で呟いたが、今の夏侯覇には聞こえないようだった。

ぶつぶつ独り言を繰り返す彼の姿は不気味以外の何物でもないが、何やら理由があるようだ。ここで下手に刺激すると面倒なことになる可能性があるため、とりあえず放置しておくことにする。

「あ───!もういやだ、こんな生活!!」

男は突然叫び出したかと思うと、頭を抱え込んで蹲ってしまった。

情緒不安定というかなんというか、よく分からないが様子がおかしいことは確かだ。

ここは一つ冷静になってもらうためにも話を聞いてやるべきだろうと判断した司馬昭は、普段の彼には似合わず優しく肩を叩いて宥めてやることにした。

「まあまあ、いいから落ち着けって。一体何があったんだよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、あなたに聞かれたくないです。殺意を覚えるんで」
「朝から物騒な台詞だな」

せっかく気を遣ってやったというのに、返ってきたのは冷たい返事だ。本当に可愛げのない部下である。

「大体、なんでいつも俺が女といい感じになっている時に、あなた達が割り込んでくるんですか!?おかしいでしょ!?」
「知るかよ、そんなこと」
「あー、腹立つなー!!マジでムカつくわー!あと30分……いや……せめてあと10分だけでもいい!司馬昭殿さえ来なければ、今頃俺は……っ!!」

そこで言葉を切り、ギリリと歯ぎしりする夏侯覇。よほど悔しかったのか、拳を握りしめて震えている様子は鬼気迫るものがあった。さすがに心配になり、司馬昭は彼の顔を覗き込むようにして声をかける。

「よく分からんが大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ!!全然大丈夫じゃないっすよ!!!」

夏侯覇はまるで駄々っ子のように喚き散らすと、そのまま寝台に倒れ込んでしまった。そして枕に顔を埋めたまま動かなくなったかと思えば、くぐもった声で何か呟き始めるではないか。耳を澄ますと、それは呪詛のような言葉だった。

「あの女……絶対許さねえ……覚えてろよ……いつか必ず犯してやるからな……俺の純情を弄びやがって……クソッ……」

いつもは明るくて爽やかで、誰にでも優しい好青年ぶりが評判の夏侯覇だというのに、何があったというのだろう。完全にダークサイドに堕ちている。

いや怖っ……つーか何言ってんのコイツ……気持ち悪いんだけど……。

ドン引きしながら思わず後ずさってしまう司馬昭だったが、ふとある疑問が浮かんだので夏侯覇に問いかける。

「ははぁ……。その口ぶりからするともしかしてお前、夢の中で好きな女にフラれたとか。それともいいところで寸止めを食らわされたとか?」

その瞬間、夏侯覇がガバッと勢いよく起き上がったかと思うと、血走った目で睨まれてしまった。正直めちゃくちゃ怖いんですけど……!

これだから普段真面目だったり善人系のキャラは苦手なんだよな〜。一旦ブチ切れるとやべぇから…と思いつつもごく普通の態度をキープして話を続けることにする。

「いや、なんかそんな気がしただけなんだけどさあ。違うなら別にいいんだ」
「……違いますけど?」

え、なにその沈黙の間……?めっちゃ気になるじゃん。

まさか図星なのか?と司馬昭は思ったが、それ以上追及するのはやめておくことにした。触らぬ神に祟りなしという言葉もあるし。

それに、平時とは異なり闇の住人と化した夏侯覇とこれ以上関わり合いになりたくなかったというのが本音である。面倒事に巻き込まれる前にさっさと退散しようと決めた直後、司馬昭の視線が夏侯覇の下半身に縫い留められる。

「ところでさっきから気になってたんだけどさあ。お前のソレ、どうなってんの」
「ああ、コレですか?気にしないでください」

司馬昭は夏侯覇の返事を意に介さず、おもむろに手を伸ばす。そして夏侯覇の下肢を覆う布を捲り上げた。

「うわ。すげえ朝勃ち」
「ちょっ……やめてくださいよ!」

慌てて隠そうとするものの既に遅く、しっかりと見られてしまったようだ。

「同じ男同士なのだから別にいいといえばいいけどさ、よりによって性悪上司に確認されるとか最悪すぎる。死にたい」
「心の声が表に出ているが?」

しまった。ついうっかり口に出してしまっていたらしい。司馬昭殿は相変わらずニヤニヤしているし、もうやだこの職場。今すぐ辞めてやりたい。

「まあそう落ち込むなって。生理現象なんだから仕方ないだろ」

そう言って慰めてくれるあたり、一応悪い人ではないんだよなぁこの人も。ただちょっと性格が捻くれているだけで。

名無しに会いたい。出来れば夢の中みたいに彼女を抱き締めながら、胸に顔を埋めて癒されたい。

彼女はとても優しくて思いやりのある女性だ。あんな事件があった後も、俺とは変わらずに笑顔で接してくれる。かと言って、胸枕までしてくれるかどうかは知らねえけど。

司馬昭の言う通り、夏侯覇は相当落ち込んでいた。自分でも砂吐きレベルのあんな夢を見ておいて、夢の中ですら最後までいけなかった。

しかも妙にリアルな感触だったせいで、ただの夢だったと割り切ることも出来ずにダメージが大きい。

「別に落ち込んでなんかいません」
「そうか。なら良かった。俺だって朝っぱらから同性の勃起した股間とか見たって全然嬉しくないからな」
「ですよね〜」

そんなものを目にしたら自分だって嬉しくない。溜まっているなら適当にその辺の女でも捕まえて発散するか、さっさと娼館にでも通って抜いてこいと言いたくなることだろう。

しかし今はそんなことはどうでもいい。問題は、どうやって自分の欲望を鎮めるかということだ。

このままでは仕事に支障が出てしまうし、万が一ということもある。

さっきは名無しに会いたいと思ったが、やっぱり良くない。この状態でうっかり彼女と遭遇してしまったら目も当てられないだろう。

それにしても、可愛かったなあ名無し。

あの涙に濡れた眼差しと柔らかそうな唇の感触を思い出すだけで興奮してしまう。キスしたい……抱きたい……犯したい。まあどうせ無理だけど。

そもそも、現実の彼女に手を出すわけにはいかないのだ。何故なら自分と彼女はお互いに恋愛対象として見ていないのだから。あくまで仲の良い同僚であり、良き理解者であってそれ以上でも以下でもない。そういうことにしておいてくれ、神様。

それなのに、どうしてあんな夢を見たんだろう。本気で欲求不満なのかな……いや、断じてそんなことはないはずなんだが……。

思い出せば出すほどに現実との落差がありすぎて、余計に虚しさが増すだけだった。

「はぁ……やっぱ俺、死ぬかも……」
「おいおい、勘弁してくれよ。お前が死んだら誰が俺の仕事を代わりにやるんだよ?」
「じゃあ司馬昭殿が死んでくださいよ。俺はまだ死にたくないです」
「我儘言うなよ。俺だって嫌に決まってるだろ」

もういいや。何もかもがどうでもよくなってきた。このまま二度寝したいところだが、残念ながら時間がない。

ああ、今日もまた一日が始まるのか。憂鬱だなぁと思いながら、夏侯覇は大きな溜息を吐いたのだった。




─END─
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