異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS夏侯覇】
 




「……ハァァ〜」
「夏侯覇?」
「いや、ごめん。何でもない」

名無しには何の非もない。俺が勝手に登場させただけだ。

俺がこんなことを考えていると知られたら、きっと軽蔑されるに違いない。マジで夢で良かった。夢に感謝!

だけど最初の疑問に戻るとして、何で俺の夢に出てきたのがあの名無し≠ナ、よりによってこんな格好をしているのか。

ひょっとして、自分はそういう目で彼女を見ているということなのだろうか。これは俺の願望の表れだというのか?

(いやいやいや、そんな馬鹿な)

夏侯覇はもう一度、名無しの姿をまじまじと見つめる。

ない。名無しに対してこんな欲望を抱いたことはないし、むしろ彼女を女性として意識したことなど全くない。

いや、厳密にいえば、全くというわけではない。ある時まではなかったというのが正しいか。

以前飲み会でやった王様ゲームの命令で、夏侯覇は彼の入浴中に訪れた名無しによって背中を流してもらったことがあるのだが、その時ちょっとした出来事があったのだ。

単なる罰ゲームの執行に過ぎず、名無しもちゃんと服を着た状態だったのに、男と女が浴室で二人っきりというシチュエーションかつ体を洗う動作中に何度も彼女の胸が当たったせいか、段々夏侯覇の下半身がヤバイ具合になってしまった。

最初はそれでも懸命に我慢して紳士を装っていたものの、結局密室という条件と湧き上がる欲望、名無しの無防備さに負けて思わず手が伸びた。

「キスしていい?」と尋ねた時の、名無しの顔は今でも忘れられない。

驚きと困惑、恥じらいが入り混じった表情だったが、それがまた絶妙に男の情欲をそそるもので無性に可愛かった。

結局、めちゃくちゃいいところで司馬昭と司馬師に邪魔をされて、名無しとはそれ以上何もないまま終わってしまったのだが、あの時本当は名無しは嫌だったんじゃないかとか、怖がらせてしまったのではないかと思うと今でも申し訳なさでいっぱいになる。

そう考えると、俺は案外名無しのことが好きなんだろうか。何だかんだで、結構意識しているのでは…?

(ない!!)

俺は司馬昭殿達とは断じて違う。性欲に負けて、ただの好奇心や悪戯心で大事な仲間に手を出すなんて真似は絶対にしない。

これは多分あれだ。たまたま飲み会で司馬昭殿が『身近な女の中で、一発ヤリたい云々』とか変な事を言い出したせいだ。

まあ、俺も一応男だし? そういう気持ちが全くないといえば嘘になるし?司馬昭殿の言葉が記憶に残り、たまたま身近な女友達である名無しが都合よく夢の中に呼び出されただけだし?別にそこに深い意味なんてないっていうか?

……多分。

「……。」
「?」

だけど、やっぱりこれは目のやり場に困るよなあ……。

いくら夢の中とはいえ、健全な男子としては非常によろしくない状況だと思う。

「夏侯覇…、どうしたの?私、そんなに似合わないのかな…」
「えっ」

急に黙り込んだままの男を心配したのか、名無しは少し不安そうな表情で夏侯覇を見つめていた。

しまった。さっきはびっくりして叫んでしまったが、今思えばちょっと失礼な発言だったか。

「そんなことないって。すげー似合ってるよ!」
「本当に?」
「ああ!」

夏侯覇は慌てて取り繕うように言った。

名無しの服装は気になるが、この場に二人しかいない以上、何か話さなければ。でも何を話せばいいんだ?

夏侯覇が迷っている間にも、正面の名無しはしょんぼりと肩を落としている。その姿を見た途端、何故か心がちくりと痛んだ気がした。

自分の言葉は単なるお世辞で、実際は違うと思っているのだろうか。それとも別の理由なのか。

いずれにせよ、いつも優しい笑みをたたえている彼女が落ち込んでいる姿はあまり見たくない。

「本当だって。その服、めちゃくちゃ可愛いじゃん。俺、そういうの大好きだし───」

言った後でまずいと思った。こんなドスケベな恰好が大好きだなんて、余計に変な誤解を受けるだろ。

「いやいやいや、これはその、なんだ。違うんだ名無し。信じてくれ!」

夏侯覇が焦りつつしどろもどろな言い訳をしていると、名無しが目を見張る。

しかしそれも一瞬のことで、続いて彼女の頬が上気した。

どうやら照れているようだ。

「嬉しい…。せっかく夏侯覇がくれた物だから、思い切って着てみたんだけど、やっぱり凄く恥ずかしくて…。でも、夏侯覇が気に入ってくれたなら良かった」
「はっ?」

俺が贈り物したの!?そんな記憶は全くないが、もしそうだとしたら、やっぱり名無しは何も悪くない。ドエロなのは俺じゃねーか!

夢の中でこんな衣装を名無しに贈るとか、余計に意識してしまう。 ていうか俺、こんな服を女に着せたいと思っていたのかよ。どんだけ溜まっているんだよ!

夏侯覇が人知れず悶絶していると、不意に名無しが男を見上げた。

「あの…、覚えてる?夏侯覇。今日で私たちが付き合って半年の記念日だったよね」

覚えているわけがない。というか、そもそも夏侯覇と名無しは付き合ってなどいないのだから。単なる職場の同僚であり、ただの友人、仲間でしかなかったはずだ。

それすらもここでは変更されているということか。現実世界での関係性は無視して、二人はすでに恋人同士ということになっているらしい。

(うーん。なるほど)

実に面白い展開だ。

さっきまでは有り得ないとばかり思っていたが、ここまでくるとどんな風に物語が進んでいくのかちょっと気になる。

こんな経験は滅多に出来ないのだから、この機会を逃す手はないだろう。記念すべき日ということであれば、名無しに対して普段聞けないことを聞いてみたり、言えないことも言ってしまおうか。

そう思って口を開こうとした時、夏侯覇はふと考えた。

この夢の設定を概ね理解したところで、気になったことがあったので、素直に尋ねてみることにする。

「そっか。もうそんなに経つのか。月日の流れって早いなあ」
「ふふっ。そうだね」
「あのさ、ちょっと確認したいことがあるんだけど。俺達ってもうヤッてる?」
「……っ」

その瞬間、名無しの顔が真っ赤になったかと思うと、すぐさま両手で顔を隠してしまった。


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